やっぱり2026年はKPOPフックソングルネッサンスの年だった! 傑作アンセム ATEEZ(에이티즈) – ‘BAD’考察&レビュー

XR脚本とKPOP

うわぁーーーーーーーーーーーーーーメチャクチャかっこいい!!!

既にKPOP大学ではこうした記事を書いていますが

このATEEZの新曲「BAD」も

ILLITの「It’S ME」

今年のフックソングムーブメントの火付け役といっていい
YENA「CATCH CATCH」

Hearts2Hearts’Lemon Tang’

LE SSERAFIM「BOOMBALA」

CORTIS 「REDRED」

と並ぶ素晴らしすぎるフックソング!!!

BTS待望の帰還となった「ARIRANG」。もちろんそれは、成熟した、気品のある、優れた“作品”だった。
だが、あえて言うならば、あまりにもセーフだった。
あまりにも美しく、あまりにも正しく、あまりにも大人だった。

K-POPをポップミュージック史の頂点へと押し上げたのは、そういう“よくできた作品”ではない。
もっと無責任で、もっと危険で、もっと中毒的で、もっと身体の奥の奥にある、
生と性と聖のリズムを直接叩いてくる、あの“魔”のフックソング群だったはずなのだ。

この2〜3年、K-POPはその魔から少し遠ざかっていた。

完成度は上がった。コンセプトは洗練された。
。だがその一方で、かつてK-POPが持っていた
「なんでこんな言葉を何度も言ってるだけなのに、俺たちはこんなに踊らされてしまうのか?」という、
あのポップミュージックの根源的な呪術性が、少しずつ薄れていた。

ポップミュージックの歌詞とは、ゴミであり、同時にゴールドでなくてはならない。

大人が聴いたら鼻で笑うような、陳腐で、薄っぺらくて、意味なんかほとんどない言葉。
だがその言葉が、ビートと声と身体の上で何度も何度も反復されるとき、
それは突然、金塊になる。祈りになる。呪文になる。革命になる。

1950年代のロックンロールがポップカルチャーを進化させたのは、難しいことを言ったからではない。むしろ逆だ。大人たちから見れば、ロックンロールはくだらないフレーズの連呼だった。だがその“くだらなさ”こそが、若者の身体にとっては真実だった。意味より先に腰が動く。理屈より先に心臓が跳ねる。倫理より先に生が鳴る。それがロックンロールであり、それがポップミュージックの本質だった。

K-POPは、21世紀にその原理を最も高度にアップデートした音楽だった。

「Gee」「TT」「BANG BANG BANG」「DDU-DU DDU-DU」そして
PSY – GANGNAM STYLE

それらは、上品な“作品”ではない。むしろ、言葉が壊れ、意味が溶け、フックだけが異様な生命体のように増殖していく音楽だった。そこにこそK-POPの怖さがあった。K-POPは、ポップミュージックを再び“呪文であることの神聖さ”へと連れ戻したのだ。

そしてATEEZの「BAD」は、その系譜に完全に接続している。

この曲のすごさは、ラテンの熱、Y2K的なネプチューンズ以降の跳ねるミニマルビート、K-POP特有の精密な構成美、
そのすべてを抱え込みながら、最終的にはひたすら“BAD”という言葉を踊らせていることだ。

ポップミュージックにおけるフックとは、ただ覚えやすいメロディのことではない。
フックとは、脳に刺さる棘であり、身体に残る傷であり、日常の中で突然蘇ってくる呪いである。
買い物中に、駅のホームで、風呂場で、深夜のコンビニで、ふと口から出てしまう。なぜか知らないが、
もう自分のものになっている。そうなった瞬間、その曲は勝っている。

ATEEZの「BAD」は、まさにそれをやっている。

傑作です!!!!

Posted by nolongerhuman