無意識とリミナルスペースと新しい恐怖。映画「Backrooms」は何故これだけの熱狂を生み出しているのか?徹底考察レビュー!!

XR映画レビュー

あまりにもあまりにも素晴らしいTRAILERだったので!!
一か月前にオマージュを込めてこんなMVまで作ってしまったりしましたが・・・・・

そしてこのMVにも登場するのと全く同じカットが映画にもあって感激!!!!ト

Kane Parsons監督のデビュー作「BACKROOMS」見ましたッッッッ!!!!

現在USではディズニー映画を蹴散らして途轍もない勢いで大ヒットしていますが

この作品は完全に優れたホラー映画の鉄則である

新しい時代の新しい恐怖を予見する

ミッションを「LONGLEGS」と並んで成し遂げた

途轍もない傑作だと思います!!!

『BACKROOMS』とは、AIに解析される無意識の悲鳴である

ついに来てしまった。

ついに映画は、
「夢」ではなく「生成された無意識」そのものを映してしまったのだ。

史上空前の大ヒットとなっている映画『BACKROOMS』。
もちろんその現象を、単に「YouTube発のネット都市伝説が映画化され、SNSでバズったから」と説明することはできる。できるにはできる。

だが、それだけでこの異常な熱狂は説明できない。

なぜなら本当に優れたホラー映画とは、いつだってその時代のいちばん深い場所に沈んでいる、
まだ言葉になっていない恐怖と接続してしまうものだからだ。

『LONGLEGS』がそうだった。

あの映画の恐怖とは、悪魔でも、連続殺人鬼でも、オカルトでもない。
本質的には、
この世界には、もはや本当の意味での味方など存在しないのではないか
という孤独の恐怖だった。

家族も、国家も、宗教も、警察も、善意も、記憶も、すべてがどこかで感染している。
誰かが守ってくれるという最後の幻想が、静かに腐っていく。
それが『LONGLEGS』の恐怖だった。

映画「BACKROOMS」における新しい恐怖の正体とは?

では『BACKROOMS』の恐怖とは何か。

それは、

AIによって、意識だけではなく、無意識までも侵食されうるという恐怖

である。

もちろん、作品上にAIなど出てこない。
むしろ映像はVHS的であり、POV的であり、レトロであり、ざらついていて、古い。
未来的どころか、むしろ過去のメディアの亡霊のような質感で満ちている。

だが、ここが恐ろしい。

そこに映し出されるリミナルスペースは、単なる廃墟ではない。
単なる空き部屋ではない。
単なるショッピングモールでも、オフィスの裏側でも、黄色い壁紙の迷宮でもない。

あれは、

AIが人間の夢を解析したあとに出力した、無意識のスクリーンショット

なのである。

見たことがある。
でも、行ったことはない。

懐かしい。
でも、思い出せない。

安全そうに見える。
でも、絶対にここにいてはいけない。

この「知っているのに知らない」感覚。
この「現実の皮膚だけをまとった非現実」。
この「記憶のように見えるが、記憶ではない空間」。

それこそがリミナルスペースの本質であり、
そしてそれは、シュールレアリスムの画家たちが追い求めた無意識の風景と完全に接続している。

映画史におけるシュールレアリスムとドリームロジック

マグリットの空。
デ・キリコの広場。
ダリの溶ける時間。
ブニュエルの夢。

表現主義映画の歪んだ街路。

1970年代ジャーロ映画の色彩悪夢。

デヴィッド・リンチの廊下、部屋、赤いカーテン、謎の電気音。

映画史はずっと、無意識を撮ろうとしてきた。

だが『BACKROOMS』は違う。

これは無意識を「撮った」映画ではない。
無意識をスキャンし、分解し、再構成し、出力してしまった映画なのだ。

ここが決定的に新しい。

かつてのドリームロジック映画は、無意識と戯れていた。
夢の裂け目に手を入れ、偶然を抱きしめ、意味が崩壊する快楽を楽しんでいた。

しかし『BACKROOMS』には、その余裕がない。

この映画の迷宮は、夢のようでいて、夢ではない。
もっと冷たい。
もっと速い。
もっと残酷だ。

まるでAIが、人間の無意識を大量のデータとして読み込み、
「あなたたちが怖がっているものは、おそらくこういう空間ですね」
と、無表情に提示してくるような恐怖。

そう。
『BACKROOMS』の本当の怪物は、廊下の奥にいる何かではない。

本当の怪物は、
人間の無意識を人間より先に理解してしまうシステムそのもの
なのである。

『BACKROOMS』のリミナルな空間は、その未来の予告編である。

黄色い壁紙。
蛍光灯の唸り。
誰もいないオフィス。
出口のない廊下。
無限に続く似たような部屋。
どこかで見たことのある、でも絶対に存在しない場所。

それはインターネットの夢である。
YouTubeの集合無意識である。
2000年代以降のネット民が、匿名掲示板、低解像度動画、ゲームのバグ空間、Google画像検索、深夜のブラウザ履歴の中で無意識に共有してきた、
誰のものでもない記憶の廃墟である。

夢は、もはや夢のままではいられない。しかしそれは恐怖なのか恍惚なのか?

かつて無意識とは、個人の奥底に沈む謎だった。
フロイト的な地下室。
ユング的な集合的無意識。
シュールレアリスム的な自動記述。
リンチ的な夢の裂け目。

だが今、無意識はデータ化される。
画像生成される。
類似検索される。
プロンプト化される。
アルゴリズムに回収される。

夢は、もはや夢のままではいられない。

夢は解析される。
夢は生成される。
夢は最適化される。
夢は高速で出力される。

『BACKROOMS』が恐ろしいのは、まさにそこだ。

この映画は、夢を見ているのではない。
夢を処理している。

無意識と戯れているのではない。
無意識を演算している。

そしてラストに向かうにつれて、その演算速度は残酷なまでに加速していく。
人間的な救済の間合いがない。
祈る時間がない。
誰かと抱き合う時間がない。
意味を取り戻す時間がない。

普通のホラー映画なら、そこに「脱出」がある。
あるいは「真相」がある。
あるいは「犠牲による救済」がある。

だが『BACKROOMS』には、それがない。

なぜならAI的恐怖において、本当の絶望とは、
殺されることではなく、
理解され尽くしたうえで、出口がないと判定されること
だからだ。

「BACKROOMS」の驚愕のラストは僕らにこう宣言している

でもそれは新しい恐怖なのかそれとも新しい恍惚なのか?

ほんとーーーーに素晴らしい傑作ホラー映画の誕生です!!

Posted by nolongerhuman