スペインの配信ドラマ「la mesías 」のTRAILERがすすすすす凄い!!!!!
うわぁーーーーーーーーーーーーーーなななななななんて素晴らしいTRAILERなんだ!!!!
「撮る」から「生成する」へ完全メタモルフォーゼしてしまったので
未だに見ているとはいえ、映画・映像作品を見る本数は激減中・・・・・・・・・・・
一応レビューも時々書いてますが
「映画かぁ・・・・・映画ねぇ・・・・・・・・」という気分であることは間違いなく
でそれはもちろん「生成」にのめりこんでいるからという事もあるんですが
これはこっそり言いますが、この数年で明らかに映画やドラマという「撮る」ことによる作品って
表現としてかなり「弱く」なってませんか?
まるで映画が自ら「撮る」ことの限界を無意識で感じていて「生成」へバトンを渡すような・・・
そんな感じがしているのは僕だけでしょうか?
とか言っていたら突然どかーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!
久々にTRAILERだけで、もっというとサムネ見ただけで超ーーーーーーーーーー強力!!とわかってしまった
スペインの配信ドラマ『La Mesías』が見たすぎるッッッ!!!
『La Mesías』とは??
『La Mesías』は、スペインの映像作家コンビ、ハビエル・アンブロッシとハビエル・カルボ――通称ロス・ハビスが手掛けた全7話のファミリースリラー
物語は、心を閉ざして生きる中年男性エンリクが、テレビで奇妙なキリスト教ポップグループの映像を目撃するところから始まる。
「ステラ・マリス」と名乗るそのグループは、何人もの若い姉妹たちによって構成され、宗教的な歌詞と異様な映像によってネット上で爆発的に拡散されていた。
しかしエンリクにとって、それは単なる珍妙なバイラル動画ではなかった。
画面に映る少女たちの姿は、宗教的狂信と両親のネグレクト、そして自らを救世主のように信じる母親の支配によって破壊された、彼自身の幼少期を呼び覚ます。
エンリクは、その少女たちが自分と同じ地獄を生きているのではないかと考え、彼女たちを捜し出そうとする。
批評家賞フェロス賞ではドラマシリーズ賞、脚本賞、主要・助演俳優賞など候補となった6部門をすべて受賞。俳優陣の演技、映像表現、宗教的狂信と家族のトラウマを描く脚本が絶賛され、2023年を代表するスペインのテレビシリーズ、ロス・ハビスの作家としての成熟作とまで評された作品で
海外のHULUとかDISNEY配信プラットフォームでは既に見れるんですが9月にMUBIにもくるという事です
もう全ての「物語」のテーマは「再宗教化」しかありえない2026
このアカウントではずーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと
確実に日本で最も、今社会で、そして政治界隈を含めて起こっていることのコア中のコアは「再宗教化」であるとお伝えしてきました
『La Mesías』が圧倒的に興味深いのは、今日の「物語」において最も重要な問い――――「宗教的であるとは、いったいどういうことなのか?」へ
真正面から突っ込んでいるところ
これは教会の話でも、神を信じるか信じないかという話でもない。
これまでずーーーーーーーーっと解説してきたように、いま政治は再び宗教化している。
政策の正しさよりも、誰を信じ、何を敵とし、どの物語へ自分の人生を接続するのかが重要になっている
。政治家は行政の代表ではなく救世主となり、支持者は有権者ではなく信者となり、選挙は政策選択ではなく信仰告白になりつつある
そして言うまでもなくファンダムこそ、推し活こそが宗教であることはずーーーっと指摘してきました。
推しを信じ、共同体へ所属し、同じ言葉を唱え、同じ敵を憎み、同じ物語を共有する。
そこでは作品の良し悪し以上に、「この存在を信じている自分」が人生の意味そのものになる。
なぜこんなことが起きるのか。
家族という集団が崩壊(=毒親問題とそれにとらわれ続けるこじらせ界隈)し、地域共同体が消失し、会社も国家も人間を最後まで守ってくれず、
誰もが孤独な個人として市場へ放り出されたから
つまり、いま起きているほとんどすべての社会問題の根底には、「宗教的なるもの」を失った人間が、
それでもなお何かを信じ、誰かと強く結びつこうとする欲望があります
極論してしまえば、人間の集団は宗教的であればあるほど強い。
共通の神話があり、儀式があり、禁忌があり、救済の約束があり、外部に敵がいる集団ほど、人々は強烈に結びつく。
しかし、その強さは同時に暴力でもある。
信仰は孤独な人間を救う。だが同時に、疑う者を排除し、逃げる者を裏切り者と呼び、愛という言葉で人間を支配する。
だから今日の物語が描かなければならないのは、「宗教は危険だ」という幼稚な告発でも、
「信じることは美しい」という無邪気な賛美でもない。
人間は宗教的なるものなしに生きられるのか。
強くつながることと、支配されることを分けられるのか。
救済と洗脳、愛と服従、共同体と監獄の境界はどこにあるのか。
『La Mesías』は相当に深い地点で、この「宗教とわたしたち」という今日最大の命題へ取り組んでいる。
これは特殊な信仰一家を描いた物語ではない。
政治に熱狂し、推しを崇拝し、家族を求め、コミュニティーに飢え、何か巨大な物語によって自分の存在を肯定してほしいと願う
――――まさに「わたしたち自身」の物語なのだと思います。
というわけでまだ本編見れてないです・・・・・・・・・・・・
ただこれは絶対に見てレビューさせていただきます!!!












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