なぜバッハのトッカータとフーガ ニ短調がsamplingされたのか? MEOVVが魔女化する新曲「DDI RO RI」の世界観を徹底考察レビュー!!

XR脚本とKPOP

久しぶりに全力投球のRIGENDFILM MVがきたーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!

KPOP大学は日本語による最も深掘りしたRigend Film関係の記事をずーーーっと書いてきましたが

今や「殿堂入り」して企業案件へとシフトしていた天才MV集団が久々の渾身のMVを仕上げてきて大感動!!!

大体前提としてこのMVヌルヌルのフレームレート60Fなのも狂ってる!!

魔女になるためのディシプリン

MEOVV「DDI RO RI」は、ただのK-POPカムバックではない。
これは、バッハの墓場から黒いリボンを引きずり出し、それを猫の首輪のように巻き直した、バロックBDSMヒップポップである。

トッカータとフーガ ニ短調。
あの誰もが知っている、教会、吸血鬼、雷鳴、棺桶、悪魔城、そして“何かが始まってしまう”音。
その荘厳すぎるイントロを、MEOVVはただ引用するのではなく、支配のビートとして再利用する。

ここで鳴っているバッハは、クラシックの教養ではない。
むしろ逆だ。
それは、少女たちを古いヨーロッパの大聖堂へ閉じ込めるための鍵であり、同時に、そこからヒップホップの低音で脱走するための合図でもある。

そしてrigendfilmのMVが凄いのは、その音の構造を映像の構造にまで徹底して翻訳しているところだ。

添付されたメッセージカット。

銀細工のような小型デバイスに浮かぶ「Chapter 2」。
古い写本のような質感で表示される韓国語。
そして鳥の横に置かれたスマホ画面の「Chapter 3」。

これらは単なる章タイトルではない。
訓練メニューなのだ。
少女たちがアイドルになるためのレッスンではなく、
魔女になるためのディシプリン。
もっと言えば、
愛されるために従順になるのではなく、愛されるために暴力的になる訓練である。

一枚目の「사랑받기 위해 완벽해지다」——
つまり「愛されるために完璧になる」。
二枚目の「당신도 완벽해질 수 있어요」——
「あなたも完璧になれます」。
三枚目の「인생이 증명할 것이다」——
「人生が証明するだろう」。

この三つの言葉が並んだ瞬間、MEOVVの世界はただのガールクラッシュから大きく逸脱する。
ここにあるのは自己肯定ではない。
ここにあるのは、むしろ自己改造のホラーである。

2018年版『サスペリア』が描いたのは、ダンススクールという名の魔女工房だった。

美しく踊ること。
正しく呼吸すること。
身体を限界まで折り曲げること。
それは芸術教育であると同時に、肉体と精神を別の存在へ作り替える儀式だった。

「DDI RO RI」のMEOVVもまた、同じ場所にいる。
彼女たちは“かわいい”を練習しているのではない。
“完璧”を練習している。
そしてこの完璧とは、清楚さでも、好感度でも、優等生的な正しさでもない。
それは、誰かに支配されることを通過した者だけが獲得できる、逆説的な支配力なのだ。

バッハの対位法とBDSM

ここでSMという言葉が重要になる。

SMとは、単なる倒錯ではない。
そこにあるのは「支配」と「服従」の交換であり、
「命令」と「解放」の同時発生であり、
「痛み」と「快楽」の境界線を、当事者同士のルールによって美しく編み上げる儀式である。

そして、バロックもまたそうだった。

バロック音楽における対位法。
複数の旋律が自由に動いているようで、実は厳格な構造に縛られている。
主旋律があり、従属する旋律があり、しかしその従属があるからこそ、全体は神の建築物のように立ち上がる。
これはまさに音楽におけるSMである。

自由になるために、まず縛られる。
解放されるために、まずルールに従う。
恍惚に到達するために、まず形式に服従する。

バッハとは、最も神聖な監禁である。
そしてMEOVVは、その監禁部屋の床をヒップホップのベースで揺らしている。

「DDI RO RI」が面白いのは、クラシックを高尚な飾りとして使っていないところだ。
むしろ、クラシックの中に元々あった暴力性を、K-POPの身体へ直接接続している。

バロックとは、そもそも過剰の美学だった。
ねじれた柱。
金色の装飾。
劇的な陰影。
天井画に描かれる天使と殉教者。
神の栄光という名目で、人間の感覚を圧倒し、ひれ伏させる芸術。

その意味で、バロックは最初から“支配する芸術”だった。
観る者を説得するのではない。
圧倒する。
納得させるのではない。
跪かせる。

MEOVVの「DDI RO RI」も同じだ。
この曲は、聴き手に「好きになってください」とお願いしていない。
むしろ、
好きになるまでお前の感覚を調教する
という態度で鳴っている。

そしてMVのメッセージカットが、その調教を物語化する。

「Chapter 2」
「愛されるために完璧になる」

つまりMEOVVは、調教されている。
だが同時に、調教されることでこちらを調教し返してくる。

ここがいちばん危険で、いちばん美しい。

バッハの対位法が、複数の旋律を神の秩序へ組み込んだように、
MEOVVの「DDI RO RI」は、少女、猫、魔女、スマホ、古文書、鳥、ゴシック装飾、ヒップホップビート、そしてトッカータとフーガを、ひとつの黒い儀式へ組み込んでいく。

これはポップソングではない。
これは、愛されるための魔女裁判である。
ただし、裁かれるのはMEOVVではない。
裁かれるのは、彼女たちをただ“かわいい”や“かっこいい”で消費しようとする、こちら側の凡庸な欲望である。

「あなたも完璧になれます」
この言葉は、優しい広告コピーのように見えて、実は呪いだ。

完璧になれ。
愛されるために。
愛されるために、壊れろ。
壊れたあとに、もう一度組み上がれ。

バロック建築のように過剰に。
バッハのフーガのように厳格に。
SMの契約のように美しく。

DDI RO RI。
それは呪文であり、ビートであり、首輪の鈴であり、フーガの主題であり、
愛されるために完璧になろうとする少女たちが、ついにこちら側を跪かせる音である。

実はRigend Filmは同じ主題をaespaの「Armageddon」でもやってるので今回はそのバリエーションでもあります

Posted by nolongerhuman