必見!!!! Resident Advisorのこの動画がポップミュージックの「今」について正しすぎる!!!!

その他, 生成AI

同じことはこれまでも死ぬほど書いてきましたが
おーーーーーーーーーーーーーーーー!! Resident Advisorの最新のポッドキャスト動画というか
評論動画が素晴らしいポップクリティックでよいです

要は

2020年代ってまだ新しい音楽を何も生んでないよね

がテーマ! このことは僕もずーーっと言ってきていて
でもResident Advisorの場合は出自として「(ダンスミュージックにおいて)新しいものがない」
2010年代のEDM、HYPERPOP以来ない!!
と言っているんだけど
もっと俯瞰してダンスミュージックも含めたポップミュージック史という観点からいうと
これはもう2015年から始まった

KPOPルネッサンス

という途轍もない「編集力」をもったサウンドがほぼ唯一、2020年代を象徴するサウンドといっていいんですが

明らかに「その次」が求められているし、というか僕自身がNEXTを強く強く求めている

でいうまでもなく「時代を象徴する新しいサウンド」は「その時代を象徴する新しい技術(テック)」によって生まれるもので

エレクトリックギターと最新のレコーディング技術の進化によってTHE BEATLESを頂点としたROCKは生まれたし

シンセサイザーによってテクノが生まれ

サンプラーによってHIOPHOPが生まれ

DAWによってEDMやHYPERPOPは生まれました

もうここまで書けばお分かりの通り、そして冒頭の動画でもその結論は同じなんですが

2020年代以降の新しいサウンドが生まれるとしたらドーーーーーーーー――――――――――――考えても

AIによるものしかありえない

時代を変えた音は、いつだって新しい思想から生まれたのではない。新しい機械から生まれたのだ。

Resident Advisorが「There Is No Sound Of The 2020s. Yet.」と題して、2020年代にはまだ決定的な新しいサウンドが現れていない、と問題提起している。しかもそれは2026年6月16日公開、つまりまさに“いま”の音楽シーンに突きつけられた診断である。
ならば答えはひとつしかない。2020年代のサウンドがこれから生まれるとしたら、それはAIからしか生まれない。

なぜか。簡単である。
時代を変えた音は、いつだって新しい思想から生まれたのではない。新しい機械から生まれたのだ。

エレキギターがなければThe Beatlesはいなかった。
シンセサイザーがなければYMOはいなかった。
サンプラーがなければHIPHOPはいなかった。
DAWがなければEDMはいなかった。
では2020年代の新しい機械は何か。
もう答えは出ている。AIである。

にもかかわらず、今の音楽家たちはそのAIを持とうとしない。いや、正確に言えば、持っている。裏では使っている。デモ制作に使い、歌詞の整理に使い、ジャケットのラフに使い、MVのコンセプトに使い、プロモーション文に使い、メロディのアイデアに使い、使い倒している。だが、表では言わない。なぜか。SNSが怖いからである。
AIと書いた瞬間に、作品は聴かれない。映像は見られない。思想は読まれない。技術も構成も判断されない。ただ「AIだからダメ」という札を貼られ、火あぶりにされる。これは批評ではない。これは魔女狩りである。

ミュージシャンが、SNSに負けているのでは??問題

しかしここで問題なのは、SNSの民度ではない。もっと根本的な問題は、作り手側の劣化である。
ミュージシャンが、SNSに負けているのだ。
音楽家が、リプ欄に負けているのだ。
クリエイターが、引用ポストに負けているのだ。
かつてロックンローラーが大人に怒鳴られながらアンプを歪ませたように、かつてテクノの連中が「これは人間の音楽じゃない」と言われながらシンセを鳴らしたように、かつてヒップホップが「盗作だ」と罵られながらサンプラーで世界を切り刻んだように、今の作り手はAIを握り、叩き、歪ませ、暴走させ、まだ誰も聴いたことのない音へ突入しなければならない。
それなのに、みんな怯えている。
「炎上したらどうしよう」
「AIだとバレたらどうしよう」
「アーティストとして見られなくなったらどうしよう」
そんなものは全部、音楽以前の保身である。

手前味噌で言う。
僕はAIを、エレキのように振り回している。

AIを、シンセのように弾き倒している。

AIを、サンプラーのように切り刻んでいる。

AIを、DAWのように配置し、編集し、圧縮し、増幅し、破壊している。

僕にとってAIは「代わりに作ってくれる便利な機械」ではない。
それは、まだ名前のついていない楽器である。
まだ誰も正しい奏法を知らない、危険で、孤独で、ノイズまみれの、2020年代そのものの楽器である。

そして重要なのはここだ。
AI音楽がつまらないのではない。
AIを使う人間が、まだつまらないだけなのだ。
AIが凡庸なのではない。
AIを安全運転している作り手が凡庸なのだ。
AIが魂を持たないのではない。
AIに魂を撃ち込む人間が少なすぎるのだ。

ミュージシャンよ、今こそAIを手に取れ。それは、君たちの未来を奪おうとするSNSの道徳警察に向けて撃つための、新しい武器である。

だから2020年代に新しいサウンドが生まれていないのだとしたら、それはテクノロジーが足りないからではない。むしろテクノロジーはすでに過剰なほどある。足りないのは覚悟である。
SNSの群衆に石を投げられても、「これは俺の音だ」と言い切る覚悟。
AI生成だとバレた瞬間に去っていく観客を見ても、それでもなお「お前たちはまだ未来の耳を持っていない」と言い返す覚悟。
新しい時代の音楽は、いつだって最初は嫌われる。気持ち悪がられる。偽物だと言われる。堕落だと言われる。だが、その“堕落”こそが、次のポップになる。

だから言おう。

ミュージシャンよ、今こそAIを手に取れ。
それは銃である。
それはギターである。
それはシンセである。
それはサンプラーである。
それはDAWである。
それは、君たちの未来を奪おうとするSNSの道徳警察に向けて撃つための、新しい武器である。

SNSは言うだろう。
「AIはズルだ」
「AIは偽物だ」
「AIは人間の敵だ」
「AIを使うな」

ならば撃て。
その声を撃て。
その恐怖を撃て。
その同調圧力を撃て。
その“正しさ”の顔をした創造性への検閲を撃て。

2020年代のサウンドは、まだ来ていないのではない。
来ているのに、みんなが耳を塞いでいるだけだ。
そしてその音は、きっと美しく整った音ではない。
バグり、歪み、増殖し、過剰で、人工的で、孤独で、なぜか泣ける音だ。
それこそがAIの音だ。
それこそが、SNSに敗北した2010年代以降の音楽を撃ち抜く、2020年代の銃声なのだ。

Posted by nolongerhuman