AI魔女裁判10 SUNOがYOUTUBEから「学習」していたことの何が悪いのかさっぱりわからない件
あぁーーーぁーーーーPITCHFORKまで大々的に記事にしちゃってますわ・・・・・
もういいがげんこの「AI魔女裁判」シリーズはやめたいと思っていたし
先日こうした動画もアップしましたが
AI魔女狩りをしたい方々にかっこうのネタとなっているSunoによる学習案件
これ何度も書いていますが、ほんとーーーーにほんとーーーーーにこうしたことで
鬼の首をとったように騒ぐ方々って
クリエイティブとは何か?ものを創造するとはどういうことなのか?
についてほんとーーーーーーーーに考えたことがない方々なんだなぁ・・・・と絶望してしまいます。
目次
SUNOは音楽を「盗んだ」のか。それとも音楽史がずっとやってきたことを機械化したのか。
SunoがYouTube MusicやDeezerなどから大量の楽曲を収集し、AIの学習に利用していたことを示す内部資料が流出した。
すると、待ってましたとばかりにAI魔女狩り隊が一斉に松明を掲げた。
「ほら見ろ!」
「やっぱり盗んでいた!」
「他人の音楽を学習しなければ、AIは何も作れない!」
いや。
いったい何を言っているのだろう。
他人の音楽を学習しなければ何も作れないのは、AIだけではない。
人間もだ。
というより、それこそが音楽を作るということの本質であり、クリエイティブと呼ばれてきた営みの正体なのである。
創造とは、真っ白な無菌室で、過去に存在しなかった何かを突然ひらめくことではない。
過去の作品を聴く。
憧れる。
コピーする。
失敗する。
分解する。
自分の身体、自分の時代、自分の機材、自分の欲望に合わせて組み替える。
その結果として、以前とは少し違うものが生まれる。
それを私たちは長いあいだ、創造と呼んできた。
テイラー・スウィフトは、彼女以前のカントリー・ミュージックを聴かずに突然テイラー・スウィフトになったのか。
そんなわけがない。
デビュー曲のタイトルにまでしたティム・マグロウをはじめ、カントリーの語り口、コード進行、歌唱法、スターの作法を学び、それらを同時代のティーンエイジャーの感情へ接続し直したから、テイラー・スウィフトになったのである。
ドレイクは、ヒップホップの歴史を一度も聴かず、ある朝突然あのフロウを発明したのか。
そんなわけがない。
A Tribe Called Questをはじめとする先人たちが切り開いた、ジャズとラップの関係、会話的なフロウ、内省的な語り、サンプリングの感覚。その巨大な音楽史を吸収し、R&Bとインターネット以後の孤独へつなぎ直したから、ドレイクになったのである。
ローリング・ストーンズにいたっては、自分たちのバンド名そのものをマディ・ウォーターズの楽曲から取っている。
彼らはアメリカの黒人ブルースを聴き、演奏し、模倣した。
チャック・ベリーを学び、マディ・ウォーターズを学び、ハウリン・ウルフを学び、それをイギリスの若者たちの身体とファッションと反抗心によって再編集した。
そこからロック史の巨大な一章が生まれた。
では、ローリング・ストーンズは偽物なのか。
テイラー・スウィフトは盗作者なのか。
ドレイクは生成装置なのか。
違う。
彼らは先人の音楽を学習し、その学習結果を、新しい文脈のなかで出力したのである。
もっと言えば、ビートルズも、デヴィッド・ボウイも、マドンナも、プリンスも、マイケル・ジャクソンも、YMOも、宇多田ヒカルも、椎名林檎も、全員そうだ。
ポップミュージックの歴史とは、過去を捨てて前進してきた歴史ではない。
過去を何度も呼び戻し、そのたびに別の衣装を着せ、別の機械へ通し、別の身体で踊らせてきた歴史である。
ブルースはロックンロールへ再編集された。
ゴスペルはソウルへ再編集された。
ソウルとファンクはディスコへ再編集された。
ディスコはドラムマシンとクラブによってハウスへ再編集された。
ファンクの数秒間のドラムブレイクは、サンプラーによってヒップホップへ再編集された。
1970年代や80年代のシンセサイザーは、ヴェイパーウェイヴ、シンセウェイヴ、ハイパーポップ、K-POPによって何度も再召喚された。
ポップにおける「新しさ」とは、何の過去も持たないことではない。
同じ過去から、これまでとは違う現在を作ることだ。
Sunoがやっていることも、原理のレベルでは同じである。
大量の音楽を学習し、その内部にあるリズム、旋律、和声、音色、構成、歌唱、ジャンルの関係を数値的に獲得し、それを利用者の指示に応じて組み替える。
もちろん人間の学習と機械学習は、仕組みも速度も規模も違う。
人間には身体があり、記憶があり、人生があり、社会的経験がある。
AIには巨大な計算能力があり、人間には不可能な規模でパターンを処理できる。
しかし、だからといって、
「過去の作品を学習しているから創造ではない」
という批判が成立するわけではない。
それを言った瞬間、ほぼすべての音楽家が創造者ではなくなるからだ。
AI魔女狩り隊は、Sunoを批判しているつもりで、実際には音楽史そのものを否定している。
彼らが信じているのは、「天才は何もない場所から完全なオリジナルを生み出す」という19世紀的な作者神話である。
だが、そのような創造者は歴史上、一人も存在しない。
どれほど偉大な音楽家であっても、その耳のなかには死者たちの音楽が鳴っている。
その指には、過去の演奏家の癖が残っている。
そのコード進行には、何十年、何百年もの音楽的記憶が埋め込まれている。
創造者とは、過去から切断された者ではない。
過去をもっとも深く吸収し、それを現在へ送り返すことのできる者である。
あなたが愛している名盤も、あなたが神と呼ぶアーティストも、無数の過去を食べて作られている。
ポップミュージックとは、過去を食べ、現在の身体へ変換し、未来へ排出する巨大な消化器官なのである。
Sunoはその歴史を破壊したのではない。
その歴史を、次の速度へアップデートしたのだ。











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