ライオンさーーん!! システマ SP-T ジェル を中間業者が「目詰まり」させてますよー!!

その他

5年前に革命的に驚いたのははじめて歯のクリーニングにいってみたんですよ!

それは明らかにブラッシングしてもとれないなぁ・・・・な「歯垢」が気になって
いってみたんですが

もちろんいまだに子供の頃のトラウマで歯医者さんが怖いのでお願いして施術中はポッドキャストで「うなげろりん」を聴いていました・・・

えーーーーーーーーーーーーーーーーーーこんなに歯の間に変なものがあったのーーー?!??!!

えーーーーーーーーーーぼく「歯垢」ができやすい体質なのーーーー?!?!?!

と大感動。その時におすすめされたのがライオンさんのシステマ SP-T ジェル でそれ以来ずーっと使ってるわけですが

大体3か月で使い切ってしまうので昨日あたらしいの買おうとおもってAmazonを見てみて驚愕・・・・・・・・・・・・・・・

ねねねねねね値段が3倍になってるーーーーーーーーーーーーー

どうも色々ライオンさんが出荷停止にしてて

それを商機と見た業者様方が値上げしまくっているという地獄の図式らしい・・・と。

ただこの事態を受けてあらぬ方向へ色々と妄想してみました!!!

システマと自由論

システマSP-Tジェルの便乗値上げを見て、私はあらためて「自由」について考えたのである。

自由とは何か。市場に任せることなのか。誰よりも早く情報を掴み、誰よりも早く在庫を買い占め、誰よりも高く売り抜けることなのか。

いや違う。それは自由ではない。それはただの弱肉強食である。

それはただの在庫を持った者による、在庫を持たない者への支配である。それは市場原理という顔をした、弱みへの課金である。

自由にはいろいろな定義がある。国家からの自由。市場で競争する自由。財産を持つ自由。発言する自由。欲望する自由。
しかし2026年の今、私たちがもう一度目指すべき自由は、そうした古い自由のどれでもない。私たちが目指すべきなのは、EXIT的自由である。
逃走的自由である。腐った市場にとどまらない自由である。弱者を食い物にするゲームから降りる自由である。

EXITという2026年型の「自由」

ドゥルーズ=ガタリは「逃走線」を語った。

逃走とは、負け犬の逃亡ではない。支配的な配置から抜け出し、別の接続を作ることである。

ひとつの中心に縛られた世界からズレること。ひとつの商品、ひとつの制度、ひとつの欲望に自分を閉じ込めないこと。
浅田彰氏は、それを日本の80年代に『逃走論』として、軽やかに、挑発的に、知的にポップ化した。定住するパラノではなく、移動するスキゾへ。
中心に執着する人間ではなく、接続を変え続ける人間へ。

つまりSP-T問題とは、単なる歯磨き粉の話ではない。これは2026年の私たちに突きつけられた、小さな逃走論なのである。

自由とは、勝者になることではない。
自由とは、支配されないことだ。
自由とは、相手のゲーム盤をひっくり返して、自分たちの生活を別の場所へ移すことだ。

SP-Tが高い。じゃあ泣きながら買うのか。違う。
SP-Tが高い。じゃあ買い占めた連中をうらやむのか。違う。
SP-Tが高い。じゃあ自分が情弱だったと自分を責めるのか。絶対に違う。

答えはひとつである。

EXIT!!!

その市場が腐ったなら、そこから出ればいい。その商品が人の不安を価格化する祭壇になったなら、その祭壇を拝まなければいい。ブランドへの忠誠を切れ。いつもの安心から逃げろ。商品名ではなく、機能を見ろ。成分を見ろ。代替を探せ。歯科医に聞け。AIに聞け。検索しろ。比較しろ。共有しろ。自分の不安を、転売屋の利益に変換させるな。

ここでAIを使い倒すのである。
AIとは弱者のための検索能力である。AIとは情報勾配を平らにするための武器である。AIとは、情強だけがこっそり持っていた地図を、みんなに配るためのコピー機である。ならば使え。徹底的に使え。成分比較をさせろ。代替商品を探させろ。正規ルートを調べさせろ。便乗値上げの通報先を探させろ。レビューを読ませろ。市場の罠を可視化させろ。

そして旗を掲げよう。

EXIT!!!

これは逃げではない。敗北ではない。諦めではない。これは、腐ったゲームへの参加拒否である。人の不安を食べる市場への非協力である。お前たちの値段を私は承認しない、という静かな革命である。

ドゥルーズ=ガタリ的に言えば、それは逃走線を引くことだ。
浅田彰的に言えば、それはスキゾ・キッズとして軽やかに市場の重力圏を離脱することだ。
ハーシュマン的に言えば、それはVoiceだけでは届かない腐った市場からのExitである。

そして大事なのは、ひとりで逃げないことだ。逃げられる者だけが逃げて、逃げられない者を置き去りにしてはならない。だから私たちは、弱者の方々を招待しなければならない。情報を持たない人を招待しよう。高齢者を招待しよう。歯科医に勧められた商品をただ信じていた人を招待しよう。ネット価格が正しいと思い込んでしまう人を招待しよう。
「こっちに出口があります」と言おう。
「その価格で買わなくていい」と言おう。
「別の商品があります」と言おう。
「正規ルートがあります」と言おう。
「AIで調べられます」と言おう。

これがEXIT的自由である。

もちろんバカはいる。市場原理だから当然だとか、嫌なら買うなとか、情弱が悪いとか、先に買った人間が賢いだけだとか、そういうことを言うバカは無限にいる。ほっとけばいい。彼らは勝っているつもりで、実はその腐ったゲームの中に閉じ込められているだけである。在庫と価格と優越感の檻の中で、自分の小さな勝利を自由だと勘違いしているだけである。

私たちはそこには住まない。
私たちはそこから出る。
そして出た先に、新しいルートを作る。
新しい知識を作る。
新しい共有を作る。
新しいケアを作る。

自由とは、勝者になることではない。
自由とは、支配されないことだ。
自由とは、相手のゲーム盤をひっくり返して、自分たちの生活を別の場所へ移すことだ。

浅田彰氏がかつて「逃走」を、暗い敗走ではなく、知的で軽やかな身振りとして差し出したように、私たちは今もう一度、それを生活の武器として取り戻すべきである。逃走せよ。だが孤独に逃走するな。逃走線を、みんなが通れる出口に変えろ。自分だけのスキゾではなく、弱者を招待するスキゾへ。自分だけが助かる情報強者ではなく、情報の梯子を下ろす逃走者へ。

SP-Tの値上げは、ただの歯磨き粉の値上げではない。それは2026年の市場社会が、どれほど人の不安を利益に変える装置になっているかを見せつけた小さな黙示録である。そして同時に、それは私たちに促している。

この市場から出ろ。
この自己責任ゲームから出ろ。
この情報格差の地獄から出ろ。
AIを使え。仲間を呼べ。出口を共有しろ。

旗を掲げよう。
声を上げよう。
そして何より、軽やかに出ていこう。

EXIT!!!

Posted by nolongerhuman