自意識とオーガズム。サブカルチャーがアナタを救う時 映画「Teenage Sex and Death at Camp Miasma」レビュー!!

XR映画レビュー

多分日本で最も最速で監督の「I Saw the TV Glow」のシネマトグラフィーの途轍もなさについてポストしてREVIEWしていたので
今作もメチャクチャ楽しみだったJane Schoenbrun監督の新作「Teenage Sex and Death at Camp Miasma」みましたーーーー!!

自分が幼い頃に愛したサブカルチャーの記憶は、現在の自分を救うことができるのか?

『Teenage Sex and Death at Camp Miasma』もまた、Jane Schoenbrun監督がデビュー作『We’re All Going to the World’s Fair』から繰り返している、
ひどく切実な問いの上に作られている。

それは

自分が幼い頃に愛したサブカルチャーの記憶は、現在の自分を救うことができるのか?

『We’re All Going to the World’s Fair』ではインターネットの怪談やARGという、画面の向こう側にあるもう一つの世界。

『I Saw the TV Glow』では幼い頃に見た深夜のテレビ番組。

そして『Teenage Sex and Death at Camp Miasma』では、それが80年代のB級スラッシャー映画になる。

実際、今作は若いクィアの映画監督クリスが、かつて自分を魅了したスラッシャー映画シリーズ『Camp Miasma』をリブートするため、
オリジナル版の“final girl”を演じた老女優ビリー・プレスリーを訪ねるところから始まる。

しかし重要なのは、これは単なる「80年代ホラー最高!」というノスタルジー映画ではないということだ。

むしろJane Schoenbrun監督はノスタルジーを、現在の自分が抱えているどうしようもなく具体的な身体の問題へ接続する。

主人公クリスはレズビアンでありながら、他者とのセックスでオーガズムを得ることができない。

性愛の瞬間に彼女がアクセスできるのは、目の前の相手ではなく、頭の中にあるスラッシャー映画のイメージだ。
つまり彼女にとって映画とは趣味でも引用元でもない。
欲望そのものを形成してしまった記憶のOSなのである。

しかし今の彼女はその記憶・ノスタルジー、その時の自分を見失っている

全てのコアはそこにあることに彼女は気づかない。だから彼女は「イク」事ができない・・・・・・

今作の後半で展開されるのはそんな「自意識と性愛」についてである

「FADE TO BLACK」「INLAND EMPIRE」との決定的違いとは?

だからこの映画で起きている「現実と映画の境界線が次第に失われていく」という現象だけを抜き出せば、
当然あの超ーーーーーーー傑作カルト映画『FADE TO BLACK』を思い出す。

映画を愛しすぎた人間が映画へ侵食され、現実そのものを映画として生き始めてしまう。

さらに性愛、女性の主体、フィクションと現実の崩壊という意味では、PSYCHOTIC WOMAN系セクシャル映画の金字塔である
デヴィッド・リンチ『INLAND EMPIRE』の巨大な影もある。

身体の内部へ映画が入り込み、欲望と恐怖と演技と記憶の区別がつかなくなっていく。

でも今作が決定的に違うのは、その先に破滅を置かない。

『FADE TO BLACK』なら映画への没入は狂気へ向かう。

『INLAND EMPIRE』なら自己と役柄と欲望はドリームロジックの迷宮へ溶解していく。

ところが『Teenage Sex and Death at Camp Miasma』は徹頭徹尾、ものすごくやさしい映画なのだ。

ここがたぶん今作の一番美しいところだと思う。

自分が愛したサブカルチャーを信じろ!手放すな!!というメッセージ

主人公クリスの「現在」におけるコミュニケーションの多くは、PCやスマートフォンといったデバイスを介している。
仕事も人間関係も性愛さえも、どこかインターフェース越しに存在している。

ところが映画の半分以上を占める、かつて『Camp Miasma』のfinal girlだった老女優ビリーとの時間だけは違う。

そこでは二人の人間が、同じ場所にいる。

顔を見て話す。

沈黙する。

記憶を聞く。

身体をそこに置く。

映画について語る。

つまりこの映画では、過去のフィクションへ向かえば向かうほど、逆説的に生身の他者との接触が回復していく。

これが本当に素晴らしい。

普通こういう「サブカルチャーに救われた人間」を描く映画は、最終的には「でも現実を見なければならない」という説教へ着地しがちだ。

いつまでも映画ばかり見ていないで。

インターネットから出て。

昔のテレビ番組なんか忘れて。

本当の人生を生きよう。

しかし今作はそんなことを一切言わない。

むしろ逆なのだ。

もっと信じろ。

自分が子供の頃、なぜだかわからないまま夢中になった映画を。

VHSを。

深夜テレビを。

モンスターを。

final girlを。

あの頃それを好きだった自分自身を。

だって人間は、あとになってから自分の人生に意味を与えているのではない。

意味のわからなかった幼少期の欲望や恐怖や憧れが、何十年も地下水脈のように流れ続け、現在の自分を作っている。

だから『Camp Miasma』というB級スラッシャー映画は、クリスを現実から逃避させる麻薬なのではない。

彼女が自分自身へ戻っていくための地図なのだ。

そこ今作のの決定的な優しさなのだと思う。

『I Saw the TV Glow』が「テレビの中に、本当の自分がいたかもしれない」という絶望を描いた映画だったとすれば、『Teenage Sex and Death at Camp Miasma』ではさらに一歩進んで、

「そこにいた自分を、今から迎えに行ってもいい」

と言っている。

だから今作のラストにあるのは悲劇ではない。

救済だ。

しかも宗教でも家族でも社会でも恋愛でもない。

自分が人生のどこかで愛してしまったサブカルチャーによって、人間が救われる。

それは「映画は人生を変える」みたいなありふれた映画賛歌とはちょっと違う。

映画によって自分が作られてしまったのなら、もうその事実から逃げなくていい。

むしろ、その映画に作られた自分を最後まで引き受けろ。

たとえそれが世間から見ればしょうもないB級スラッシャー映画であっても。

その中で血まみれになって逃げ続けていたfinal girlが、30年後、40年後のあなたの手を取ることだってある。

「自分が愛したサブカルチャーを信じろ。」

『Teenage Sex and Death at Camp Miasma』は結局、その一言を伝えるために112分かけて現実と映画の境界線を破壊していく。

ほんとーーーーにやさしい映画だと思いました!!

そして作品中の「VIDEODROME」オマージュ

そして映画の中のfinal girl役、今のBilly Presleyを演じたGillian Andersonも素晴らしかったけど
「Camp Miasma」内のBilly Presley役のAmanda Fixチャンが可愛かったーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「TV GLOW」では死ぬほど絶賛したあの超ーー長廻しが素晴らしかったけど今回はオープニングクレジットのシークエンスがささ最高です!!必見!!!!

Posted by nolongerhuman