全世界のおんなのこ激必聴!! ド傑作ガーリーアートロリポップアルバム The Femcels 「I Have To Get Hotter」完全レビュー!!!
ここここここここれは凄い!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
一言でまとめてしまうととんでもない大傑作!おしまい!!!
で終わってしまってもいいくらいヤバい!
ロンドンのRowan Miles と Gabriella TurtonによるポップユニットThe Femcelsによるデビューアルバム
「I Have To Get Hotter」が衝撃的なほどガーリーでアートでロリポップで
聞きながら笑いながら号泣してしまう「ザ・英国音楽」なので日本語による初レビューさせてください
ユニット名のFemcelは日本でも使われるようになった「インセル」の女性版「フェムセル」に由来します
目次
ここには、ヴェラ・ヒティロヴァーの映画『ひなぎく』の主人公たちがいる。
The Femcelsの『I Have To Get Hotter』は、ポップカルチャーの歴史に散らばっていた、
あらゆる「おんなのこ戦士」たちを秘密の呪文で一斉招集し、ピンク色のおもちゃ箱にぎゅうぎゅうに詰め込み、
その箱を深夜二時のベッドルームの床に思いきりぶちまけたようなアルバムである。
ガラス玉。口紅。破れたタイツ。プラスチックのティアラ。少女雑誌の切り抜き。
偽物の宝石。煙草の吸い殻。血のついたリボン。片方だけのハイヒール。壊れた人形。誰にも渡せなかったラブレター。
そして、その散乱した残骸の一つ一つが、突然むくりと起き上がり、笑いながら歌い始める。
ここには、ヴェラ・ヒティロヴァーの映画『ひなぎく』の主人公たちがいる。
世界が腐っているのなら、私たちも腐ってしまいましょう。
彼女たちはそう言って、テーブルの上の食べ物を切り刻み、男たちをからかい、秩序を破壊し、意味そのものをハサミでチョキチョキと切断した。革命を叫ぶのではない。声明文を書くのでもない。巨大な思想を掲げるのでもない。
ただ、ふざける。
ただ、笑う。
ただ、食べ散らかす。
ただ、世界のルールを守らない。
その無邪気さこそが、最も恐ろしい反乱だった。
『I Have To Get Hotter』にも、まさしくその『ひなぎく』的な反乱がある。
ジャン・ローラン映画のヒロインたちがいる
さらにここには、近年、若い女の子たちから不思議なほど熱狂的に再発見されているジャン・ローラン映画のヒロインたちがいる。
古びた城。湿った墓地。夜明け前の海岸。レースのドレス。青白い肌。吸血鬼。双子の少女。生と死の境界で、夢遊病者のようにさまよう女たち。
ジャン・ローランのヒロインたちは、単なる恐怖映画の被害者ではない。
彼女たちは怪物に襲われるのではない。
怪物に魅了され、怪物と一体化し、最後には自ら怪物になる。
なぜなら人間の世界よりも、怪物の世界のほうが、はるかに美しいからだ。
学校もない。会社もない。家族制度もない。まともな恋愛もない。社会的成功もない。誰かに理解される必要すらない。
ただ、月明かりの中で、永遠に美しく存在する。
それは敗北ではない。
女の子が社会から脱出するための、最もロマンティックな亡命なのである。
The Slitsがいる。The Raincoatsがいる。X-Ray Spexが、ロンドンパンクのおんなのこたちがいる!
そしてもちろん、ここにはThe Slitsがいる。
The Raincoatsがいる。
X-Ray Spexがいる。
パンクの歴史を、革ジャンを着た男たちだけの物語にしてしまおうとする世界に対して、彼女たちは大声で笑いながら落書きをした。
楽器が上手くなければならない?
正しいリズムで演奏しなければならない?
怒りは深刻でなければならない?
政治的主張は論理的でなければならない?
そんなことは、ぜんぶ知らない。
女の子の怒りは、もっと不格好で、もっと矛盾していて、もっと可愛くて、もっと下品で、もっと幼稚で、もっと残酷でいい。
The Femcelsは、その系譜にいる。
映画『小さな悪の華』のラストシーンのように
あまりにも素晴らしい曲名、
“No One Will Fuck Me When I Wear Two Different Shoes (One Jordan, One Gucci Flip Flop)”
ポップとは、くだらないことを世界で最も重要なものとして歌う技術だからだ。
そして、誰にも理解されない個人的な苦痛を、三分間だけ人類共通のアンセムへと変える魔法だからだ。
The Femcelsは、その魔法を知っている。
だから彼女たちの音楽は、惨めであればあるほど陽気になる。
孤独であればあるほど騒々しくなる。
自己嫌悪が深まるほど、メロディはキャンディーのように甘くなる。
まるで泣きながら誕生日パーティーを続ける少女たちだ。
招待客は誰も来なかった。
ケーキは潰れた。
恋人からの返信もない。
それでもミラーボールを回す。
紙の王冠をかぶる。
プラスチックのシャンパングラスを掲げる。
そして「私たちは最高」と叫ぶ。
なぜなら、そう叫ばなければ死んでしまうからだ。
ホットになろうとすればするほど、奇妙になる。
可愛くなろうとすればするほど、グロテスクになる。
愛されようとすればするほど、誰にも飼いならせない存在になる。
そしてラスト曲「monster in you」で、ついに変身は完了する。
それまで世界の怪物たちと戦っていた少女たちは、自分たちの内部にも怪物がいることを発見する。
いや、最初からいたのだ。
ベッドの下に。
鏡の中に。
スマートフォンの黒い画面に。
誰かに愛されたいと願う心の奥底に。
そしてThe Femcelsは、その怪物を退治しない。
抱きしめる。
口づけする。
ドレスを着せる。
一緒に踊る。
彼女たち自身が怪物へとメタモルフォーゼしていく。
その姿は、まるでジョエル・セリアの映画『小さな悪の華』のラストシーンのようである。
少女たちは大人の世界から逃げる。
嘘と退屈と抑圧に満ちた世界を後にする。
善良な子供へ戻ることを拒否する。
反省することを拒否する。
更生することを拒否する。
そして二人だけの神話の中へと消えていく。
彼女たちは救われない。
だからこそ自由になる。
怪物になってしまったのではない。
怪物になることを選んだのだ。
このシニスターで、薄汚く、欲望と評価と承認によって女の子を値踏みし続けるセカイにおいて、まともな人間として生き続けることなど、何の勝利にもならない。
だったら怪物になればいい。
誰にも理解されない姿になればいい。
誰にも欲情されない靴を履けばいい。
片方はJordan、片方はGucciのビーチサンダルでいい。
美しさと醜さ、可愛さと恐怖、無邪気さと残酷さを、全部同時に身につければいい。
「私は矛盾している」
「私は醜い」
「私は欲しがっている」
「私は寂しい」
「私は誰かに抱かれたい」
「でも私は、あなたに選ばれなくても消えない」
そのすべてを抱えたまま、巨大なモンスターになればいい。
The Femcelsは、世界を倒さない。
世界を論破しない。
世界を正しく作り変えようともしない。
ただ世界よりも奇妙になり、世界よりも可愛くなり、世界よりも残酷になり、世界よりも大きな怪物になる。
それが彼女たちの勝利なのである。
『I Have To Get Hotter』は、女の子たちの敗北の記録ではない。
これは、敗北という言葉そのものをデコレーションし、ピンク色に塗り、ラメをまぶし、ベッドルームの壁に飾るためのアルバムだ。
誰にも愛されなかった。
だから私たちは、自分たちだけの愛の形式を発明した。
誰にも選ばれなかった。
だから私たちは、選ばれるというゲームから降りた。
誰にも理解されなかった。
だから私たちは、人間に理解される必要のない怪物になった。
これは絶望ではない。
怪物への戴冠式だ。
これは孤独ではない。
少女たちだけの秘密結社だ。
これは破滅ではない。
ロリポップを舐めながら世界の終わりを見届ける、最高に陽気な勝利宣言なのである。
このインタビューがとにかく素晴らしくて、記事中のエディトリアルフォトも全部最高なので必見・必読!!!

とにかく2026年を代表する傑作アルバムで驚異のガーリー作品です。世界中のおんなのこ達には全員聴いてほしいです!!!!!!!!!












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