ダイスをころがせ! AIで盗め!! The Rolling Stones 新曲MV「In The Stars」完全解説レビュー
おーーーーー!!!これは素晴らしいッッ!
例えば以前にも記事化した松任谷由実のニューアルバムとか
ほんとーーーに皮肉なことに1960年代や1970年代のポップアーティストの方が
クリエイションにおけるAI利用のもつ意味についてその本質を捉えているという不思議な2026年ですが
ローリングストーンズの新作「Foreign Tongue」からの新曲「In the Stars」のMVにも
生成AI(というかオフィシャルには"DEEPFAKE"つまりFACESWAPをしたということに"なってる"みたいですが)
これがほんとーーーーーーーーーーーーにポップミュージックとはロックンロールとは
僕がほんとーーーーーーーに嫌いな「文化の盗用」というゴミ概念とは真逆の
盗みの美学
であるという証明のようなMVで大感動!!!
ローリング・ストーンズが「In The Stars」のMVで、若き日の自分たちをディープフェイクとして召喚する意味
これは、老人たちの若さへの執着ではない。
これは、ポップミュージックがついに自分自身の正体を白状した瞬間である。
松任谷由実が『Wormhole』でAI音声を使う。
ローリング・ストーンズが「In The Stars」のMVで、若き日の自分たちをディープフェイクとして召喚する。
ここで、「老いを受け入れられないレジェンドたちの悪あがき」などと笑う者は、ポップミュージックというものを、そしてロックンロールというものを、根本的にわかっていない。
なぜならポップとは、最初から“盗む”芸術だったからだ。
ラジオから一瞬だけ流れたメロディ。
映画館の暗闇で目に焼きついたワンカット。
深夜のテレビで見た外国のダンス。
誰かの声、誰かのリズム、誰かの怒り、誰かの色気、誰かの祈り。
それらを盗む。
切り刻む。
貼り直す。
自分の血で濡らす。
そして、まるで最初から自分のものだったかのように、もう一度世界へ投げ返す。
それがポップミュージックである。
ポップミュージックの進化の歴史は盗みの歴史である
ロックンロールはブルースを盗んだ。
ビートルズはアメリカを盗んだ。
ストーンズは黒人音楽の毒と艶を盗んだ。
ヒップホップはレコードの溝から過去を盗んだ。
EDMは都市の心拍数を盗んだ。
J-POPは歌謡曲と洋楽と広告と青春の残骸を盗み続けた。
そしてAIは、時間を盗む。
AIがやっていることは、実は何も新しくない。
ただ、あまりにも露骨になっただけだ。
AIは、過去の声を盗む。
若かった身体を盗む。
失われた表情を盗む。
録音された息づかいを盗む。
フィルムの中でしか生きていなかった時間を盗む。
そして、それを現在にMIXする。
つまりAIクリエイションとは、究極のポップマナーである。
同時に、究極のポップの暴力である。
正しい人間は言う。
「それは本物ではない」
「それは倫理的に問題がある」
「それは過去への冒涜だ」
「それは若さへの執着だ」
違う。
それは、過去を墓に入れたままにしないということだ。
それは、記憶を資料館に閉じ込めないということだ。
それは、伝説を“伝説”という安全な額縁から引きずり下ろし、もう一度、汗と光と欲望の中に放り込むということだ。
ユーミンがAIで“Yumi AraI”を立ち上げる。
それは若い頃の自分に戻りたいという話ではない。
荒井由実でも、松任谷由実でもない、時間の裂け目から出てきた第三の声を作るということだ。
つまり、彼女は自分のキャリアを回顧しているのではない。
自分自身をサンプリングしているのだ。
そしてストーンズも同じだ。
80歳代のローリング・ストーンズが、2026年に若いミック・ジャガーをAIで呼び戻す。
それはアンチエイジングではない。
それはロックンロールの自己盗用である。
1960年代、彼らはブルースを盗んだ。
2026年、彼らは自分たちの過去を盗む。
この差は大きい。
若さにしがみついているのではない。
若さという素材を、もう一度、現在のスタジオに持ち込んでいるのだ。
だってロックンロールとは、そもそもそういうものだったではないか。
ポップミュージックと暴力性
礼儀正しい音楽ではなかった。
引用元に許可を取り、文脈を説明し、道徳的に整った顔で差し出される文化ではなかった。
夜のラジオから聴こえた何かに撃たれ、身体が勝手に動き出し、どうしようもなく真似して、間違えて、歪ませて、下品にして、色っぽくして、自分のものにしてしまう音楽だった。
そこには、暴力があった。
盗みがあった。
誤読があった。
勘違いがあった。
恥知らずな欲望があった。
でも、その恥知らずさこそが、ポップだった。
いま、あらゆるものが正しさによって審査される。
誰が歌っていいのか。
誰が演じていいのか。
誰が何を引用していいのか。
誰の声を使っていいのか。
誰の過去に触れていいのか。
もちろん、その問いは必要だ。
でも、正しさだけからロックンロールは生まれない。
ロックンロールは、いつだって少し間違っていた。
ポップミュージックは、いつだって少し盗んでいた。
その少しの間違い、その少しの盗み、その少しの罪悪感が、世界を若返らせてきた。
だから、ストーンズの「In The Stars」がフレッシュに見えるのは、彼らが若く見えるからではない。
彼らがAIによって、もう一度“盗む側”に戻ったからだ。
老人が若者のふりをしているのではない。
老人が、ポップの原始的な野蛮さを取り戻しているのだ。
まるで1960年代のBLUESに魂を奪われたストーンズまんまのもう一つの新曲「Rough And Twisted 」と並べれば明白なように
ラストアルバムともいわれているこの新作でストーンズが今もロックンロールとは何か?という問いに誠実でありつづけている事に敬意を表します












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