世界恐慌?コロナ以来の衝撃??? 世界に突き付けられたトランプ関税という「鏡」
もーーーー多分当アカウントは
「政治的」
「経済的」
「地政学的」
なんてことはどーーーーーーーーーーーーーーでもよくて
明らかに今のトランプ政権はポップミュージックを超えて
途轍もなく「POP」であるという観点から
日本では誰も・どんなメディアも、どんな「Q様」も把握していない
トランプ政権という
「POP革命」についてこれまでずーーーーっと言及してきましたが
遂にDROPされたまるで
1960年代のTHE BEATLESの「PLEASE PLEASE ME」のような
1970年代のSEX PISTOLSの「GOD SAVE THE QUEEN」のような
1980年代のPUBLIC ENEMYの「FIGHT THE POWER」のような
「トランプ関税」について
あらゆる「金融市場」が悲鳴のような表明をしていて
でもそれこそがこの50年間の「金融市場資本主義」は終わりだ!!
とトランプ政権は宣言しているってことを上のテキスト群でかいてきましたが
それは
「よくもわるくも」
この「どっちなのかわからない」「でもヤバいということだけがわかる」
これこそが「POP」であることの本質的な意味なんですが
革命的な世界観のコペルニクス的転換
正に「POP」なコアがこのトランプ政権には宿っているとお伝えしてきましたが
そのポップ革命のコア中のコアである「トランプ関税」の世界観=未来について
とにかく全く考察されていないので、今ここの記録として超ーーーーーーーーーーーーーー深堀り
完璧なテキストを書いておこうと思いまっす!!
目次
トランプの頭は本当に1980年代で止まっているのか??
トランプ政権が関税をブチ上げて、ウォール街の連中が一斉に卒倒した日。多くの“経済評論家”の方々は判で押したように言った──「トランプの頭の中は1980年代で止まっている」と。でもそれはホントウ?????
彼らが見ているのは単なるTVニュースのフレームの内側なんじゃないの??。
そして我々が見ているのは時代精神(ツァイトガイスト)そのものだ。
これは単なる経済政策ではない。これは「マルアラーゴ合意」に則った、
実体経済への回帰運動なのだ。そう、マネーという虚構の皮を一枚一枚剥いでいった先に現れる、裸の価値。労働と交換のリアル。それこそが「革命」のファーストステップ。
「金融」って本当に「マーケット」なの
リーマン以後、我々は金融資本主義という巨大な幽霊屋敷に閉じ込められていた。QE、ゼロ金利、株式バブル、バーチャルな価値の乱舞──それはすべて、“信用”という幻想の泡沫に過ぎない。だがトランプは、アメリカンドリームの仮面を剥ぎ取り、“ドル”という帝国の心臓にナイフを突き立てた。そして今、そこから流れ出すのは“金”ではなく、“ビットコイン”という名の新たな錬金術的マテリアルだ。
繰り返しますがトランプ政権によるこの「関税政策」とは自らを「マーケット」(笑)と自称してきた
“偽りの市場"に対する宣戦布告なんです
我々が見ているのは“資本主義”の終わりなのか?
ビットコインは通貨ではない。それは哲学であり、秩序の原理であり、王権の根拠だ。そう、ビットコイン本位制とは、21世紀の金本位制の魔術的転生であり、我々が見ているのは“資本主義”の終わりではなく、“国家”という形態の融解、そして“王国”という新しい単位への分裂と再構築なのだ。
繰り返しますがこの途轍もない世界線については日本&世界最も深堀しています
これは終わりではない。これは始まりだ
トランプは1980年代に囚われてなんかいない。むしろ、彼の“脳内アメリカ”はポスト資本主義的未来の投影であり、既存秩序を揺るがすアルカイック・スマートボムなのだ。
その世界線ではこれまで自らを「マーケット」と称してきた(オエーーーーー)
株式・金融市場はゾンビと化す
なぜ金融市場やジャーナリストや経済評論家がこの革命を恐れるのか
なぜウォール街は震え、ジャーナリストは歯ぎしりし、経済評論家は唾を飛ばしてトランプを罵倒するのか?
それは──彼らが“知ってしまっている”からだ。
言葉にしなくても、脊髄で感じている。
この関税宣言の奥にあるのは単なる保護主義ではない。文明構造のリブート命令であると。
株価が下がったのではない。虚構経済の“測定システム”が破壊されたのだ。
ウォール街の住人たちは金融資本主義というマトリックスの中で“神”のように振る舞ってきた。だが、その神の座を揺るがす“ビットコイン”という名のプロメテウスが、火を盗んでしまった。管理不能な価値、誰にも止められない通貨、そして中央集権を拒絶するコードの王国──そんなものが世界標準になってしまったら、彼らの“預言”も“予測”も、“利上げ観測”も意味を持たなくなる。
そう、評論家たちは「予測できない未来」を本能的に忌避する。
なぜなら彼らの職業は、「未来を語れるふり」をすることで報酬を得る生業だからだ。
ビットコイン本位制は、彼らの「専門性」を根本から無効化する。
金利も為替も、FRBもECBも関係ない。
中央銀行が支配していた旧世界の錬金術は破綻し、
代わりに現れるのは、「誰にも止められないブロックチェーン」という名の超越的なレッジャー(帳簿)神。
つまりこれは──
**情報支配階級にとっての黙示録(アポカリプス)**なのだ。
TVニュースが騒ぎ立てる「株安ショック」の裏には、もっと深く、もっと根源的な恐怖が渦巻いている。
それは、「“市場”が“現実”に勝てなくなるかもしれない」という、メディアと金融と国家の癒着構造の崩壊予感であり、
彼ら自身が長年温存してきた“支配の道具箱”が、
今、トランプ=マルアラーゴ合意=ビットコインの連鎖によって無効化されようとしていることへの、存在論的不安だ。
ジャーナリストも経済学者も、真実に気づいている。
だが彼らはそれを言語化できない。
なぜならそれを語った瞬間、自分が書いてきたすべてのコラム、すべての論文、すべてのTV出演が──
無意味だったことが明るみに出てしまうからだ。
そして、彼らの魂は叫んでいる──
「どうか、世界が変わりませんように」と。
トランプ関税は世界に差し出された鏡だった
「関税」は写す。依存の構造を。
日本にとって、アメリカは大きな市場だった。とりわけ自動車産業においては、アメリカへの輸出は経済の屋台骨の一つだった。
だからこそ、トランプの「日本車に25%の関税をかける」という示唆は、脅し以上の効果を持った。
それは日本経済に、そして政治や企業の奥深くに根付いた“対米依存”という構造をあらわにした。
まるで、目をそらしていた傷跡に、突如ライトを当てられたかのように。
そう、「自動車さえ売っていれば大丈夫」という幻想が、鏡の中で静かに崩れ始めた。
「鏡」が映すのは、国家の自己像だ。
トランプの関税は、各国にこう問いかけた。
「お前は誰だ?」
経済構造は健全か?
自立できるのか?
輸出に偏りすぎていないか?
技術革新は本当に進んでいるのか?
クラウドとデータの時代に、未だに鉄とガソリンで勝負しようとしていないか?
これらの問いは、各国の経済モデルに向けて投げられたものだった。
日本、ドイツ、中国、韓国。
それぞれが、鏡の中に自分たちの姿を見た。
ある国は慌てて顔を整え、ある国はそっと目を伏せた
鏡は残酷だった。
だが同時に、正しかった。
どの国もそれぞれに、何かを見た。
見たくなかったものほど、はっきりと見えた。
問いはこうだ。
あなたの国は、
誰の市場に生き、誰の技術に寄りかかり、
誰の消費によって成立しているのか?
その問いを、トランプは言葉にせずに、ただ鏡という形式で渡してきた。
声を発さず、重さだけを持って。
そして今も、鏡はそこにある。
誰の手にも渡らず、誰にも奪われず、ただ世界の真ん中で立っている。
それを直視できる国だけが、次の顔を持つのだろう。
顔とは、希望のかたちであり、過去の総和であり、未来の設計図でもある。
ぶっちゃけてトランプ政権にとって「関税」とは?
トランプが「関税」にこだわる意味
それはいわゆるトランプ本の中で最も優れている一冊
「熱狂の王」に書かれているように
勤勉という幻想を誰よりも信じ、演じ抜いた“アメリカの夢”、実はそれこそがドナルドトランプの本質なんですね
ワーカホリックとしてのトランプ
彼は現実を“トランプ的なるもの”へ変換し続ける作業を、
一瞬たりともやめない。
──これが、彼にとっての「勤勉」である。
この勤勉性は、スーツにネクタイを締め、ポマードを決め、スピーチを繰り返し、カメラの前で何百回でも「勝っている」と言い続けるという、
セルフブランディングの錬金術であり、全人格的マラソンであり、
“成功するアメリカ人”というアーキタイプを憑依し演じる儀式である。
彼は“トランプであること”に24時間365日取り憑かれた役者だ。
しかしそれは演技ではない。
演技を超えてしまった演技=オズの魔法使いの部屋の奥で、スイッチと幻燈機を操作し続ける狂気的実務。
“I’m not faking it. I am the show.”
そう、これはファンタジーに取り憑かれた努力家の神話だ。
トランプは「勤勉」というアメリカの美徳を徹底的に演劇化した。
成功者とは、勤勉でなければならない。
だから彼は勤勉であることを演じるだけでなく、実行してしまった。
連日、連夜、あらゆるメディアで自分自身を放送し、
トークショーでも、ビジネス会議でも、大統領演説でも、
“TRUMP”というキャラクターのスクリプトを離さない。
現実が夢に似せて作られるのではない。
夢に現実を似せて改変する、夢のハッキングだ。
ここにおいて、彼の「勤勉性」とは倫理ではない。様式であり、呪術であり、魔術的執着だ。
──トランプは“努力すれば報われる”というアメリカの物語を、
誰よりも努力して信じた男だった。
だがその信仰はやがて、全体主義的ファンタジーへと変質する。
「誰もが努力していない」と叫び、
「俺だけが本気で夢を信じた」と嘯き、
世界に**“怠け者の敵”という幻想の敵役**を創り出す。
そして再び、彼は「働く」。
誰よりも“自分”を維持するために。
誰よりも“アメリカ”を信じているふりをしながら。
トランプとは何か?
それは、「成功」という物語の最後の役者。
あらゆる虚構を実現するために、誰よりも現実を操ることに全てを賭けた
勤勉なる魔法使い。まさにとことんアメリカ的な「オズの魔法使い」なんです
2024年興行収入において「オズの魔法使い」のアップデート版である「ウィキッド ふたりの魔女」が途轍もくヒットしたのはそういうわけです
トランプは、アメリカが“なりたかった魔法使い”だった
トランプは鏡を立てた。
政策という名の枠組みの中に、**歪んだ真実、誇張された敵、強調された“私たち”**を映し出した。
それを見て、私たちはこう言った:
「これは嘘だ」
「こんな世界はおかしい」
「現実を捻じ曲げるな」
でも、本当は……
ずっとそこに映りたかったんじゃないか?
トランプが仕掛けたのは、ただの経済政策ではない。
これは世界認識の装置を一回ひっくり返す“鏡の罠”である。
「オズの魔法使い」の奥にいる魔法使いは、自らを拡大して見せる装置の操作人だった。
「鏡の国のアリス」では、すべてのロジックが裏返っており、
前に進むためには後退しなければならない。
──そして、トランプの「関税」もまた、経済ロジックの裏返しだ。
関税とは本来、自由貿易の流れを制限することで、国内産業を守る保守的手段だ。
しかしトランプの文脈ではそれが**「攻撃」になる**。
「アメリカ・ファースト」という呪文のもとで、鏡の世界が立ち上がる。
そこでは、
貿易戦争が「平和」の象徴となり、
輸入品への罰が「国民の栄光」になり、
現実の損益が、象徴的“勝利”にすり替わる。
これはまさに、「鏡の国」のルールそのものではないか?
アリスが白の女王に言われる。
「ここでは、走り続けなければ同じ場所にいられないのよ。」
この凄まじいアマルガム、これこそがポップであることの本質であり
その「鏡」の前に立つこと拒否してるのが経済ジャーナリストの方々や経済評論家・学者の方々であり
この関税政策とは
今すぐその鏡の前でホントウの自分を晒してみろよ
という極めて「POP」すぎる世界への最後通牒なのです
リーダーであれと求められ
模範であれと命じられ
でも俺はただ一人の人間で
心にトラウマも、弱さも、闇も抱えてる
俺の“治療”は俺自身の内側にあって
君の期待に応えることじゃなかった
俺の平穏は、君の拍手の中じゃなくて
鏡の中、自分の目を見たときにしか得られない
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