革命ではなく官能を我らに!! 凄まじい傑作 Tylaの新作『A*POP』超深掘り解説レビュー!!!!

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すすすすす凄いアルバムが誕生してしまった・・・・・・

全世界待望のTyla 2ndアルバムですが

これは傑作!!!!!!なんだこのグルーヴは??!??!?!

ジャンルという言葉そのものが、Tylaの肉体から溢れ出す音楽の快楽を説明できなくなっていくアルバム

Tylaの新作『A*POP』における「A」とは、もちろんAfricanのAである。

Tyla自身、このアルバムについて「アフリカン・ポップスターがどのように見え、どのように響くのか、その概念を拡張したかった」と語っている。つまり『A*POP』とは、アフリカの音楽を欧米のポップへ輸出するための作品ではない。アフリカン・ミュージックこそがポップそのものなのだと世界地図を書き換えるための、極めて明確な声明なのである。

しかし!!!! このアルバムの恐ろしさは、そんな公式声明さえ、その楽曲のグルーヴとメロディーとボーカルが軽々と超えてしまっているところにある

これはAfrican Popというジャンルの勝利を告げるアルバムではない。

ジャンルという言葉そのものが、Tylaの肉体から溢れ出す音楽の快楽を説明できなくなっていくアルバムなのだ。

鳴っているのは革命だ。しかしその革命は拳を振り上げない。声明文を読み上げない。正しさを証明しようともしない。
ただ腰を揺らし、吐息を漏らし、メロディーの曲線に身体を預けているうちに、いつの間にか世界の中心が移動している。

これほど政治的でありながら、これほど政治の匂いがしない音楽があるだろうか。

『A*POP』におけるTylaのボーカルは、楽曲の上に置かれているのではない。ビートの内部へと溶け込み、ベースラインの隙間へ滑り込み、パーカッションの一部となりながら、突然こちらの耳元へ唇を寄せてくる。

囁いているのか、歌っているのか、誘っているのか。

いや、そのすべてだ。

Tylaの歌には、いわゆるディーバ的な「私はここにいる」という巨大な自己主張がない。
しかし声量によって空間を支配しない代わりに、その湿度によって空間のすべてを支配してしまう。
部屋の温度が変わる。呼吸の速度が変わる。聴いている側の身体が、本人の許可なく音楽へ参加させられていく。

だからこのアルバムが最終的に接続するのは、単なるAfrobeatsでもAmapianoでも、現代的なR&Bでもない。

アニタ・ベイカーの『Rapture』である

アニタ・ベイカーの『Rapture』と『A*POP』を接続する「官能性」

『Rapture』が鳴らしていたのは、愛についての物語ではなかった。愛によって世界の重力が変わってしまった人間の声だった。
ジャズ、ソウル、クワイエット・ストーム、アダルト・コンテンポラリー。さまざまなジャンル名を並べることはできる。
しかし、あのアルバムの本質を言葉にするならば、それはただひとつ。

官能性

性の桃源郷である。

露骨ではない。過激でもない。にもかかわらず、世界のすべてが性的に発光している。

視線。沈黙。指先。シーツ。夜の空気。相手が部屋に入ってくるまでの数秒間。

『Rapture』とは、セックスそのものではなく、世界がセックスへ向かってゆっくりと傾斜していく時間を永遠に封じ込めたアルバムだった。

そしてTylaの『A*POP』もまた、2026年のポップミュージックにその桃源郷を出現させる。

ただしアニタ・ベイカーの桃源郷が深夜のホテルラウンジだとすれば、Tylaの桃源郷はもっと明るい。
太陽が照りつけ、肌には汗が浮かび、遠くではパーティーが続いている。誰もが踊っているのに、
音楽はあくまで自分とたった一人の相手だけに鳴っている。

公共空間とベッドルーム。

祝祭と密室。

無邪気さと官能。

『A*POP』では、そのすべてが矛盾することなく同時に存在している。

音楽そのものを性的な身体へ変えてしまうアルバム

重要なのは、Tylaがセクシーなポップスターを「演じている」のではないことだ。

このアルバムにおいてセクシュアリティは衣装でもポーズでも歌詞のテーマでもない。グルーヴそのものなのである。

ビートが少し後ろへもたれる。その一瞬の遅れが欲望になる。

メロディーが最後まで解決せず、空中へ残される。その余白が欲望になる。

Tylaが言葉の語尾を飲み込み、吐息だけを残す。その不在が欲望になる。

つまり『A*POP』は、セックスについて歌うアルバムではない。

音楽そのものを性的な身体へ変えてしまうアルバム

『A*POP』のAとはAfricanのAである。

しかし同時に、それはAttractionのAであり、AphrodisiacのAであり、そして何よりも、
すべてのポップミュージックが到達を夢見ながらほとんど辿り着くことのできなかった
Absolute PleasureのAなのだと思います

いつも言ってますけど日本ではR&Bってアセクシャル化されてしまったけど
これなんですよねーーーー!!この官能性こそが&&Bなのです

Posted by nolongerhuman