MINDFLOWNESS 摂食障害からアナタを救う唯一のナラティブは「満たす」ではなく「流す」こと
摂食障害、中でもanorexia nervosaに関してはこの10年前の「DREAM MACHINE」で主題化し
以前にも書きましたが、僕の中では
「心理要因ではなく脳の気質要因である」
という結論を出した上で、なぜ日本では脳刺激(rTMS/tDCS/DBS)による治療が遅々として進まないのか?
という問題提起をさせていただいていました。
でも先日この記事にエントリーした10月にリリースされるTAYLOR SWIFTのアルバムが
めちゃくちゃ凄そう!!なので
リリース時のレビュー書く用に久しぶりにテイラースゥイフトの過去作をデビューアルバムから全作聴いていて
思い出したのは、そうだ彼女もまた摂食障害者だったんだという事


そして2025年現時点での摂食障害治療事例を海外の場合・日本の場合と調べてみて
それが非常に残念なことになっている・・・・と感じたので書いています。
目次
脳刺激治療の現在地
上にも書いたように10年前の時点での僕の結論は
もう絶対に脳刺激療法しかない!!というものでした。
ですが今回先行している海外の最新治療事例を調べてみて
状況が10年前とほとんど変わっていないことに驚きました
脳刺激療法の多様化
1. リピーティブTMS(rTMS:非侵襲的磁気刺激)
神経性拒食症(AN)への適用
DLPFC(背外側前頭前野)に rTMS を当てると、食欲抑制の衝動、満腹感・太った感覚の減少、自制力の向上が認められた
拒食・過食行動の改善
rTMS は食欲クランビングの低下、拒食/過食行動の改善に一定の有効性があると報告されています
大規模RCTの必要性
ANへのrTMSの安全性は確認されていますが、確かな効果を立証するためにはより大規模なランダム化比較試験が必要とされています
2. 経頭蓋直流刺激(tDCS)
tDCS は AN、BN(過食性嘔吐)、過食性障害(BED)に対して非侵襲的な脳の調節手段として期待されており、初期の治療試験や研究デザインが報告されています
3. 深部脳刺激(DBS:侵襲)
難治性拒食症に対する DBS の効果
ナクレウス・アッコンブンス(報酬系の中枢)への DBS によって、BMI(体格指数)の上昇、生活の質の改善、精神症状の軽減が統計的に認められたメタ分析が存在します(効果量大、追跡6~24ヶ月)
重度の過食障害や依存症へのDBS応用
米国での先行研究では、Binge Eating Disorder やアルコール依存症に対して、ナクレウス・アッコンブンスをターゲットとした DBS がクランビング(欲求)の低下や過食エピソードの減少をもたらした例があります
とはいうものの10年前に革命だ!!と思われていたrTMSをはじめとした治療法は
確実に摂食障害を治癒できるという治療メソッドまで全然到達していないのです・・・・・・
では日本の状況は???
もちろん今年に入ってこんな朗報もありました
過食嘔吐を伴う摂食障害に対する磁気刺激研究が開始となりました!1日1回3分強で終わるシータバースト刺激です。二重盲検試験で半数の方は偽刺激ですが、4週間の刺激前後で各種検査を実施します(詳細は下記URLへ)。興味ある方は当院精神科外来までお電話ください!https://t.co/Z5G9yO2ysx
— 自治医科大学 精神医学教室 (@MfTP3ljDSooAdon) April 30, 2025
さらには以下のような試みが、よーーーーーーーーーーやくよーーーーーーーーーやく日本でもスタートしていますが
日本でも“研究・臨床試験として”は行われています。ただし、摂食障害(ED)に対する標準治療や保険適用ではなく、主に研究目的です。
rTMS(反復経頭蓋磁気刺激)
千葉大学で「難治性摂食障害に対するrTMSの無作為化シャム対照試験(EDTMS-Chiba)」が登録・実施されています
(対象:BN・AN過食/排出型・BED、左DLPFC刺激)。日本の公的レジストリUMINに試験要旨が公開。
さらに、日本の科研費でも難治性EDに対するrTMSの有効性を検証する課題が継続中(2021–2024年度)。
tDCS(経頭蓋直流刺激)
日本では精神科領域や嚥下障害などでtDCS研究の実績はありますが、EDを直接対象にした標準的運用の情報は見当たりません(少なくとも公開資料ベース)。
DBS(深部脳刺激)
ED目的での国内ルーティン実施・公的適応は未確認。日本語レビューでは海外のANへのDBS試験が紹介されますが、国内での一般診療としての導入は示されていません。
脳回路研究(背景)
2024年にNCNPら国内多施設のfMRI大規模解析が公表され、ANの前頭前野‐辺縁系などの結合異常が示されました。国内でも「脳回路に基づく治療」を支える基礎が進んでいる流れです。
保険適用の位置づけ
rTMSはうつ病に対しては日本で2019年から保険収載されていますが、摂食障害は適応外(研究・自費の枠で実施)。
これははっきり言っていまだに「研究初期」段階であり実際に治療に使用されるまで
あと何十年かかるっていうの?????????状態だと思います
再び、心理療法による「外在化」で摂食障害は治療可能か??
もちろんモーズレイ式治療. (Maudsley Anorexia Nervosa Treatment for Adults; MANTRA)等
EDの症例を「外在化」=敵とみなしたナラティブによる従来型の心理療法は確かに一定の効果を上げているのだと思います
とても穿った見方ですが脳刺激治療が進まないことの一つに従来の心理療法サイドからの圧力はないのか??と10年前に摂食障害治療の権威の方々に接した時の排外的アティチュードを感じた人間として思っています
しかしこれは繰り返しですが、僕はこの「外在化」というナラティブは
今現在世界で社会で起こっている潮流から俯瞰して考えた時に
今後その意味の強度をさらに失っていくと思います。
その理由についてはこのエントリーに膨大なテキストとして書きました
少子化と摂食障害になんの関係があるの??????と思われるかもしれませんが
上のエントリー記事で書いているのは
外在・外発化された対象との関係性におけるナラティブに注力してしまっては
僕らはセカイを生き延びていくことはできないという事
そうではなく「内発化」、自らの内側から「流れ出す」ようなナラティブだけが
人々を救うという事
その物語性(=ナラティブ)のありかたの根本的転換だけが今起こっている社会のあらゆる課題解決の唯一の方法論だと書きました。
そしてそれは摂食障害の治療においても同じだと思います。
どうやって摂食障害者のナラティブを外在ではなく内在化・内発的ナラティブへと導くのか?
今おこなわれている心理療法とは真逆な物語だけが真の摂食障害・ANOREXIAに有効な「物語」なのです
MINDFLOWNESS=「満たす」のではなく「流れる」という内発的ナラティブとは?
ここから話はほぼ「哲学」の話になり恐縮です。さらに長いです・・・・・
でもここまで突き詰めないと本当にANOREXIAに有効なナラティブ、「食べる」という行為と
摂食障害者を再接続する「物語」は生まれないと思っています
そのコアになっているものは「満たす」から「流れる」への変換です
「full(満たす)」から「flow(流す)」への概念転換は、食欲の理解すら根底から変えるポテンシャルを持っています。
🍽️ 従来の「食欲」=満たすこと(fullness paradigm)
空腹(deficit)→ 食べて満たす(satiation)→ 満腹(satiety)という内的欠如と補充のサイクル。
中心にあるのは 個体としての自己:生存、生理的安定、自己充足。
この回路の強化により、取り入れる=TAKEことが報酬となる。
一方そうした「FULLNESS」とは真逆なのが「FLOWNESS」という概念だと思います
🌊 flow視点の「食欲」=つなぐこと(流れの中の行為)
「私は今、何かを取り入れて満たしている」のではなく、
→「私は今、この流れの中で何かを“運んでいる”」という感覚。

ここから神経物質関連の「MDMA」も出てくるのでに上にリンクしたエンパソゲン社会についての記事もお読みください
🤝 GIVEの中のEAT=関係をつくる行為
MDMAの文脈で言えば、セロトニン優位+オキシトシン放出によって
→ 「取り入れる快」よりも「共有・提供の快」が強くなる。
つまり、“食べる”ことも自己充足ではなく、他者との流れの一部になる。
🍱 具体例:フローな食の風景
誰かに料理をよそう/シェアする
ピクニックで皆の中に置かれた一皿がなくなっていく流れを見る
子どもが「おいしい!」と言ったとき、自分の食欲が「満たされた」わけではないのに満ちていく感覚
これらは全て、“flow”の中で動いている報酬。
この感覚、上のエンパソゲン記事で僕はこの「FLOW」の感覚を内発性のイメージとして定義していて
内側から流れだすような、もっとわかりやすくいえば極めて「子ども的な欲望のカタチ」
に自分と食物の関係性を変換すること
ここが最も重要なことだと思っています
💡食欲は「流動欲(flow-thirst)」になれる
食欲はもう、「足りないものを埋める」ための衝動じゃなくなる。
“流れのなかで何かを渡す・つなぐ”こと自体が報酬になる。
食もまた、その流れの一部になる。
そうした欲望=流れる快感を仮に
💧流動性の快楽=リキッド・プレジャー Liquid Pleasure
と名付けてみました。
それは「所有ではなく、循環」に宿る喜び。
「満腹ではなく、流動」に宿る充足。
このことにどういう意味があるのか??
1. 固体的快楽(Solid Pleasure)からの脱出
従来の快楽モデルは「手に入れる」「蓄える」「占有する」ことが前提だった。
それは固体的 pleasure。
食べ物 → 口に入れて「所有」する
情報 → 蓄積し「知識」として囲い込む
他者 → 関係性を「確認」し固定化する
だがこの固体化された快楽は、やがて飽和する/腐敗する/閉塞する。
2. リキッド・プレジャーとは何か?
“流れる快”こそが、いま私たちの生理と社会が欲している報酬設計。
食べる快ではなく、料理ができて誰かが笑った快
知る快ではなく、言葉が誰かに渡った快
愛される快ではなく、手が触れたときの“わかりあえた”快
ここでの快楽とは「ある地点で停止している自分の状態」ではなく、
**“何かが通り抜けていく感触”**に宿る。
それが——リキッド・プレジャー(Liquid Pleasure)。
3. 神経生理的にも、これはリアル
ドーパミンは「変化」「動き」に反応する
→ 完全な所有より「今、流れている」方が報酬系を刺激
オキシトシンは「同期」「接触」に反応する
→ 情動の共有は、瞬間的で流動的な方がより強い
→ つまり脳のご褒美回路は「止まってる快」より「動いてる快」に火がつく。
固めたものより、流れているものが心を震わせる。
4. 食欲すらリキッド化する
「食べる」=自分を満たす行為、ではなく
→「渡す」=流れの一部になる行為
「満腹」=stop信号、ではなく
→「完了」=giveできた感覚
たとえば:
自分のスプーンで相手に一口わける
最後の一皿を「みんなで一緒に」片付ける
料理動画を撮って世界に流す
これらは全部、「リキッドな食欲の充足」。
5. ボクらが設計すべきは「リキッドな社会的報酬」
これからの快楽設計に必要なのは:
🌀 重ねるな、流せ
🪞 囲うな、映せ
🎁 貯めるな、渡せ
🚿結論:快楽は、flowの中にしか生まれない
もはや「食べる」ことは、栄養補給ではない。
それは “流れの中に身を投じる一形態” に過ぎない。
それが、リキッド・プレジャー。
でもここで疑問が生まれると思います
上のエンパソゲン社会の記事で主題化したような社会課題にはMDMAを用いてブーストした
内発性のFLOWNESSは「使える」かもしれない
でも「食欲」を「FLOW」化できるのか??
🍎「食べ物」は“流動性の快楽”に対して、あまりにも具体的すぎるモノ
食べ物は質量を持ち、形があり、自分の内部に取り込むもの。
つまり本質的に「TAKEの象徴」とも言える。
視覚/触覚/嗅覚/味覚と五感のフルインパクトを使って「自分が所有する」体験が生まれる。
それってめちゃくちゃ**「私のものにした!」**感が強い。
✋ じゃあ「食」はリキッド・プレジャーになれないのか?
→ 違う!むしろ、それをどう“流す”かに思想と設計のコアがある。
どう流すのか? どう再イメージ化するのか
それは食物を「供物」だと捉えることだと思います
🍽️ 「flowのための最小限のTAKE」→「供物としてのGIVE」
1. TAKEは“トリガー”でいい
食べ物を“ほんのひとくち”自分に取り込むことで、
→ セロトニン・ドーパミン・グレリン・インスリンなどの内的快感システムが点火する
→ これが“快の炎”をつける最小限の火打石
2. その後に「渡す」ことで最大化する
GIVE(誰かに渡す/一緒に食べる/分かち合う)によって
→ オキシトシン・エンドルフィン・社会的報酬系が点火し、流動的な快へと昇華する
🎴 これは「供物(オブレート)」の構造!
宗教や儀式における供物ってまさにそれ:
自らが味見する(TAKE)
その上で**“これは尊いものだ”と認識して誰かに捧げる(GIVE)
ここには、「受け取った後に、流す」という**“感謝→分配”の構造**が内包されている。
まさにこの順序!
1. 味わう(TAKE)
2. 捧げる(GIVE)
3. 巡る(FLOW)
🍎 食のリチュアルがすべてを変える
たとえば:
自分が最初に一口味見して「これは良い」と感じてから
相手に「ぜひこれを」と渡す=美味しさという快のGIVE
その流れで“食”が情報・感情・共同性の回路になっていく
これってただの食事じゃない。
“供物の快楽化"=神話的GIVEの回復だよ!!
🧠 神経的にも論理的:
TAKE→快感中枢が点火(報酬の予測)
→ GIVEによって「意味」化される(前頭前野とミラーニューロンの共鳴)
→ FLOWによって自己境界が薄まり、連続体へ
✨結論:リキッド・プレジャーは
TAKEから始まり、GIVEによって意味を持ち、FLOWによって循環する新しいナラティブになる
この「毒見役ナラティブ」
流行りの「MINDFULLNESS」ではなくいうならば「MINDFLOWNESS」しか
ANOREXIAのための「1BITE=一口」のナラティブを変換させることはできないと思います
🧠 なぜこの思考法が摂食障害にフィットするのか?
① TAKEへの恐怖を再意味化できる
摂食障害における**“TAKE=食べることへの罪悪感・自己否定”は極めて根深い。
この思考法は、その「TAKEを起点としながらも、それを自己中心ではなく“流れの起点”と位置づける」**ことで——
TAKEは“わがまま”ではなく“流れをつくるための必要な点火”。
と再定義してくれる。
② GIVEに快を持たせられる
拒食症や過食症に共通するのは、**「自分には価値がない/与えるものがない」**という深層の感覚。
でもこの思考法は、一口食べて(=毒見役として)他者へと「流す」ことで
GIVEは“価値ある快の発露”であり、それが自分をつなぐ手段
として、存在肯定感を支える新たな回路をつくれる。
③ FLOWが「完璧」「制御」とは別の秩序を与える
摂食障害の多くに見られるのが「完璧主義」や「制御欲求」。
だがこのフレームでは**「流れていること自体が秩序」となり、
完璧ではないこと・不定形であることに意味と報酬**が宿る。
「止まってない=正しい」
「渡っていく=美しい」
この感覚はまさに、摂食障害によって損なわれた**“生きている感覚”の回復**に直結します。
🍽️ 摂食障害とは「TAKEの意味の崩壊」である
拒食でも過食でも共通するのは、
**「食べる=身体を生かす行為」**という根源的な意味が歪められ、
体重制御の手段、
自己罰、
感情麻酔、
コントロールの代替
といった機能化された異化行為になってしまっている点。
このとき「TAKE」は、快でも栄養でもなくなり、
むしろ**“自己を汚すもの” “罪の起点”**とすら感じられる。
しかしLIQUID PLEASUREの思想によって行う
「毒見役」という「儀式」は
✅ 1. TAKEを“再起動”させるための意味づけ
「最小限の摂取」は、もはや“恥”でも“許し”でもなく
→ 流れを生むための火種(起点)である
これは「食べなければいけない」という外圧ではなく、
**「流れを生みたい」という内発的な動機」**に変換される。
✅ 2. GIVEによって“他者との関係性”を体に取り戻す
小さな感謝、盛り付けの手伝い、一口分けること
→ 自分が“誰かにとって意味ある存在”であることの証明になる
→ 「食べる私」が「誰かとつながる私」に変わる
✅ 3. FLOWで“存在の持続性”を感じられる
今日食べたこと、感謝したこと、渡したことが
→ 他者の中に巡り、社会に残るイメージ
それが、自己存在を「点」ではなく「線」や「水脈」として体に刻む。
✨ つまりこの思考法は
“摂食行為を、食物摂取から、意味の再生に転換する装置”化します
食物はただの物質ではなく「意味の運び手」
行為はただの栄養行動ではなく「快とつながりの流通」
そしてそれを成り立たせるのが、儀式=象徴をまとったMINDFLOWNESSです
従来の外在化はどうしても「敵」としての摂食障害を設定する傾向が強いけど、
それって人によっては「常に戦わされる」「拒食症=悪者、自分=弱者」という二項対立に閉じ込められてしまいがち。
「味見役ナラティブ」 は、その対立をやわらげて、もっと “関係的な役割” に書き換えます
敵/味方の二項対立を外す
→ 「戦う」ではなく「役割を担う」物語。
“ひと口”が持つ意味を再定義
→ 単なる摂取ではなく「誰かのための味見」「共食の儀式」。
他者とのつながりを組み込む
→ 孤立した行為ではなく、親しい人との協働作業になる。
責任感ではなく“贈与”に転換
→ 「食べなきゃ」じゃなく「この一口を捧げる」で意味を持つ。
そして大変極論ですが脳刺激療法が進まないならMDMAを使うべきでは?
満たす=FULLというナラティブではなく
流す=FLOWというナラティブで
食欲との関係を再物語化すること
を提唱してきましたが。何度も指摘しているように
それはイコールで自らの存在を外在化させるのではなく内在化させることでもあります
この記事ではその内在化をブーストするためにMDMAが有効というか必須であると書きました。
僕は摂食障害、とくにANOREXIAにおいての内在化ブースト、FLOWNESS化のためには
MDMAが有効なのでは?と考えています。
❖ 内在化ブーストとしてのMDMA:anorexiaへの応用可能性
▶ 1. 内在化ブーストとは何か?
**MDMAがもたらす「自己受容感」や「つながり感」**は、外部から与えられた価値や他者視線によって形成された自己像ではなく、「自分の中にある、傷つきやすい感情や欲望」を肯定的に感じ取る力を高める。
これを**“内在化ブースト”**と呼ぶなら、それは「自己の脆弱性との統合」に向かう心理的推進力とも言える。
▶ 2. 摂食障害における「自己」と「報酬系」の断絶
anorexiaでは、食べることを通じて得られる快の報酬が無効化されている。逆に、「食べないこと」こそが報酬になっているというパラドックス。
これは、自己と身体、感覚、欲望との結びつきの断絶でもあり、「生きたい」「つながりたい」といった動機がうまく表出されず、
代わりにコントロール=自分を無にすることが価値となっている。
▶ 3. 摂食障害を「語り直す」ためのMDMA
anorexiaは**「身体を通じた無言の語り」**であるとも言える。
MDMAによって、「なぜ食べなかったのか」という問いに対して、怒り、悲しみ、愛、つながりを求める声として再構築できる可能性がある。
これは、**“ハンガーストライキ”としてのANOREXIA”**というナラティブを変換させるものである
❖ 実際の臨床応用は可能か?
2020年代から、PTSDやトラウマ性障害に対するMDMA-assisted therapyがフェーズ3試験に入りつつあり、一定の効果が示されています。
これをanorexia nervosaに応用する研究はまだ初期段階ですが、**トラウマ起源の摂食障害(特に回避型アタッチメントパターンをもつ症例)**には応用の余地があります。
重要なのは、「MDMA単体ではなく、セラピーとの併用」であることかもしれません
anorexiaとはなにか?
言葉以前の痛み、触れられなかった欲望、凍りついた“わたし”の残響。
その沈黙を、人は誤解する。「痩せたい」「我慢している」と。
違うんだ。
anorexiaとは──
世界へのラブレターを破り捨てたあとに、その破片を一枚ずつ身体に貼り付けていくような行為。
ボクたちがまだ“わたし”になる前の物語が、
食べないという形式で編まれていく、沈黙の詩だ
そしてMDMAは、無音の詩にふれる“聴覚”だ
MDMA。
それはケミカルな優しさでできた小さな鏡。
でも、ただのドラッグじゃない。
これは**インナーミラー(内的鏡)**なんだ。
鏡の中に、ようやく出会う。
わたしが拒絶してきた、もう一人のわたし。
かすかな息づかい。封印されていた怒り。誰にも言えなかった「さみしい」。
MDMAは、それを声にする。
「食べなかったのは、あなたに見てほしかったから」
「いらないって言ったのは、本当は触れてほしかったから」
「無になりたかったんじゃない、“存在していい”と言われたかった」
ボクたちは今、“摂食”という儀式を再定義する地点に立ってる。
それは、ただの「食べること」じゃない。
食べないというナラティブを、食べるという祈りに変える。
・供物のように食物を扱うこと
・TAKE → FLOW → GIVE の循環として食卓をとらえなおすこと
・MDMAの優しさで、**「わたしは食べてもいい」**と小さくつぶやけるようになること
これが、anorexiaという沈黙のスクリプトを、**ポエティックなリチュアル(儀式)**として書き換える瞬間
anorexiaを治すんじゃない。
聴くんだ。
身体の奥で鳴り続けていた無音の音楽を。
そしてMDMAは、それを聴くための
最もやさしいスピーカーなのかもしれない。
沈黙を祈りに。
拒絶を語りに。
無を、声に。
そこにある「FLOW」へと泳ぎだすこと
それが摂食障害を完治させるナラティブだと思います
テイラースゥイフトは自らのEATING DISORDER体験を曲にしています
[Verse 1]
Summer went away, still, the yearning stays
I play it cool with the best of them
I wait patiently, he’s gonna notice me
It’s okay, we’re the best of friends
Anyway
I hear it in your voice, you’re smoking with your boys
I touch my phone as if it’s your face
I didn’t choose this town, I dream of getting out
There’s just one who could make me stay
All my days
[Pre-Chorus]
From sprinkler splashes to fireplace ashes
I waited ages to see you there
I search the party of better bodies
Just to learn that you never cared
[Chorus]
You’re on your own, kid
You always have been
[Verse 2]
I see the great escape, so long, Daisy May
I picked the petals, he loves me not
Something different bloomed, writing in my room
I play my songs in the parking lot
I’ll run away
[Pre-Chorus]
From sprinkler splashes to fireplace ashes
I called a taxi to take me there
I search the party of better bodies
Just to learn that my dreams aren’t rare
[Chorus]
You’re on your own, kid
You always have been
[Bridge]
From sprinkler splashes to fireplace ashes
I gave my blood, sweat, and tears for this
I hosted parties and starved my body
Like I’d be saved by a perfect kiss
The jokes weren’t funny, I took the money
My friends from home don’t know what to say
I looked around in a blood-soaked gown
And I saw something they can’t take away
'Cause there were pages turned with the bridges burned
Everything you lose is a step you take
So, make the friendship bracelets, take the moment and taste it
You’ve got no reason to be afraid











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