ロッキング・オン渋谷陽一氏死去。ロックはどうして時代とそして死から逃れられないのか?

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ある朝、君がレコードをかけたとき、その音がただの「懐かしさ」になっていたなら、
それは渋谷陽一がもういないという事実の証明なのかもしれない。

音楽批評という言葉がまだ「思想」でありえた時代の、最後のリアリストが、静かに音の向こう側へ旅立った。
渋谷陽一氏とは「ロックとは何か?」という問いそのものであり、その問いを日本語で語り続けた革命者だった。

渋谷陽一氏のテキストは常に優れたロック・ポップミュージックがいかにして「時代」という亡霊と格闘し、
傷つき、血を流しながらも叫びを放つのかという、政治と感情の戦争史だった。

渋谷陽一氏は書いた。優れたロック・ポップミュージックとは「時代との緊張関係の上に成立する、極めて政治性の高い音楽」であると。
時代という名の暴力装置に対する肉声のレジスタンスであり、同時に、
生と性と聖という人間の根源的暴動を鳴らす告白であると。

それは“自我”が“死”と“時代”にどう抗い、どう対峙し、どう折れて、どう叫ぶかという音像のドラマ。
ディランが歌った怒りも、ボウイが纏った仮面も、コバーンが撃ち抜いた虚無も——
そしてレッドツェッペリンのリフも
すべては「生と死の間で、時代に傷を刻む」ための装置だった。

そして今。
渋谷陽一氏の死そのものが、あの問いを反響させている。

ロックはどうして時代から、そして死から逃れられないのか?

僕は学生時代に一回、そしてAV監督になってから一回と
計二回ロッキングオンの面接を受けたことがあります。
二回とも面接まで進んだのですが、一回目の時は
「なぜHIPHOPアーティストをロッキング・オンの表紙にしないのか?」で激論(面接なのに・・・)
二回目の時は「なぜロッキンにアイドルを出演させないのか?」について話し
渋谷氏に「キミは絶対にウチより今のままの方がいいって!」とアドバイスされました。

渋谷陽一氏が「最後の仕事」として手掛けていらしたのはロックバンドのアニメでしたが
僕自身がAIでMVアニメを制作するようになった今、絶対にお手伝いできることがあったと思います。

ずーーっと続けている「今週の洋楽新譜情報」はもちろん氏へのリスペクトワークです。

これからも続けさせていただきます。

渋谷陽一先生ほんとうにありがとうございました

Posted by nolongerhuman