赤く塗りつぶせ!!! THIS IS サバトパンク Die Spitz 驚異の傑作デビューアルバム「Something to Consume」完全考察・レビュー
もうこのエントリーでこのアルバムが2025年のポップミュージック史に残る途轍もない傑作になるであろうと大予言しましたが!!!
遂に遂に遂に!!!!!満を持しTHIRD MAN RECORDからリリースされた
Die Spitzのデビューアルバム「Something to Consume」が素晴らしすぎて(号泣)
パーフェクトレビューさせてください!!!!
目次
それは パンクという名の黒ミサ
叫びは呪いに、音は儀式に、女は魔に変わる。
このアルバムは「聴く」ために制作されたのではない。
「召喚する」ために鳴らされたのだ。
荒れ狂うリフ、血管を裂くビート、獣のような咆哮。
Die Spitzのサウンドは、聴衆の肉体を**“儀式の器”**に変える。
7曲目の「RED40」で響くフレーズ:
Give me the red, like the color that runs through my veins
これは単なるリリックではない。
Kier-La Janisse が『PSYCHOTIC WOMEN』で描き出した “女の血の物語” への応答だ。
生理、出産、暴力、そして死。
スクリーンの女たちが流した血を、Die Spitzは「パンクの血」として蘇らせる。
僕が日本では唯一といっていいくらい「伝説の映画本」として何度も紹介している「PSYCHOTIC WOMEN」(未翻訳!!)についてはコチラ

『PSYCHOTIC WOMEN』と共鳴する映画的血脈
Janisseの本はホラーやエクスプロイテーションに現れる“狂気の女”の地図帳である。
そこに登場する「魔女」「異端」「破滅の女」は、ただのキャラではなく社会に抑圧された女性性の亡霊。
Die Spitzのアルバムは、まさにそのスクリーンの女たちを音にしたものだ。
『Suspiria』(1977/2018)
魔女のバレエ学校。血の舞踏。Die Spitzのビートはその床を叩く足音そのもの。
『Possession』(1981)
妻が怪物的存在に溶けてゆく愛と狂気。Die Spitzのリフはその痙攣、裏切り、官能のスクリーム。
『The Witch Who Came from the Sea』(1976)
虐待の記憶と性暴力が産んだ「魔女的ヒロイン」。Die Spitzの歌声は、抑圧を吐き出す解離の声。
『All the Colors of the Dark』(1972)
黒魔術カルトに囚われる女性。サイケ的ギターの渦は、まさにこの映画の悪夢的幻覚を再現。
『Don’t Deliver Us from Evil(小さな惡の華)』(1971)
少女たちの神への冒涜。Die Spitzの若き咆哮は、この“吐き気がするほど無邪気な悪意”を継承。
『Ms.45』(1981)
沈黙した女が復讐の銃を手にする瞬間。Die Spitzのリズムはその引き金の衝撃音だ。
そしてもちろん「RIDING WITH MY GIRLS」は
BADでWITCHでBITCHなPUSSY CATのためのANTHEMだ
ここで重要なのは、彼女たちが「映画を引用している」のではなく、映画に刻まれた“女性の精神的分裂と解放の瞬間”を音楽として再演しているということ。
つまり **「PSYCHOTIC WOMENの音楽版」**がこのアルバムなのだ。
「SOMETHING TO CONSUME」は“消費”ではなく“儀式”だ
[Verse 1]
You know you’re special, you’re one of a kind
Your struggle is beauty, your beauty is mine
Perform for the money, performing the mind
Your talent is lacking, but your looks are just fine
[Chorus]
Stay right here, come with me
Show and perform
Shut your mouth, show your face
American porn
(from American Porno)
社会は女を「消費」する。
ポルノ、広告、労働、暴力。
Janisseの本に現れる女たちは、その消費の結果として「狂気」に追い込まれた存在だ。
Die Spitzはここで逆転させる。
「消費されるもの」ではなく、**「消費する魔」**になる。
第5曲「SOUND TO NO ONE」は、
「誰にも届かない」と言いながらも、
実は全世界を呪いに巻き込む。
廃墟のノイズは「消費社会」の残骸をかき集めて、
呪詛のオーケストラへと変貌する。
ラスト曲「a strange moon/selenophilia」──死と美の共謀
Janisseが描いた女たちの多くは、孤独と死に吸い込まれていった。
しかしDie Spitzはその運命を塗り替える。
「月に愛された者」=セレノフィリア。
その歌は、孤独を「美」へ、死を「解放」へと反転させる。
地獄は終わらない。
けれど、その地獄はもう**“美しい共同体”**だ。
Die Spitzのアルバムが鳴らす「サバトパンク」。
それは一つの答えに収斂する。
──パンクとは、女たちの血を呼び覚ます“儀式”だったのだと
スクリーンの血塗られたヒロインたちと、現代の魔女バンドDie Spitzが、
“血の共闘” を果たす。そのために必要なものは
「赤」
であり
「血」
である。
血の味は奇妙だ。
鉄のようであり、肉のようであり、涙のようであり、
なのに、どこまでも甘美だ。
口に含んだ瞬間、
それはただの「体液」ではなくなる。
それは記憶。
それは呪い。
それは“わたし”の正体だ。
「SOMETHING TO CONSUME」を聴いている間のまるで血を舐めた時のような鉄と肉の感触は
PSYCHOTIC WOMEN達が引き裂いた社会の肉布の断末魔だ
血の味は、告白だ。
「わたしは生きている」
「わたしは怒っている」
「わたしは呪っている」
パンクは抗議ではない。
パンクは自己陶酔でもない。
パンクとは、そしてDie Spitzが「Something to consume」という金字塔で鳴らした
SABBAT PUNK(サバト・パンク)とは
Jean Rollin作品と同じ、「わたしの血を、呑め」という聖なる招待状だったのだ。
傑作です。必聴












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