なぜIVEは新曲「BANG BANG」でN Sinatra版「My Baby Shot Me Down」をオマージュしたのか徹底考察・レビュー!!!
うぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!けけけけけけ傑作「FLIP POP」!!!
FLIP POPは造語ですがsamplingの元ネタをいじり倒してCHOPすることをFLIPというので勝手に命名!!
去年の「ATTITUDE」「XOXO」がほんとーーーーに素晴らしくて当アカウント的には新章へ「完全アップデート」したIVE
今月リリースの2nd FULL ALBUM「REVIVE+」からの先行曲「BANG BANG」がリリースされました!
目次
1966年:Nancy Sinatra は「心を撃ち抜かれる官能」を歌った。
Bang Bang (My Baby Shot Me Down)——
このタイトルは暴力の擬音ではなく、
“あなたという存在が私の心を撃ち抜いた”という
比喩としてのエロティシズム。
声は低く、乾いて、
恋の破片が床に落ちる音まで聞こえるようなミニマルさ。
弾丸は比喩だった。
ポップはまだ、嘆きのふりをしていた。
今回のIVE版「BANG BANG」で印象的に鳴らされているTWANGY GUITARのフレーズはこの曲が元ネタです
2003年:タランティーノがそれを“真正の銃声”へと反転させた。
映画 Kill Bill のオープニング。
あの乾いたギターが始まった瞬間、
画面では本当に主人公の胸に銃弾が撃ち込まれている。
ここで起きたのは、単なる引用ではない。
これは JUXTAPOSE(並置編集) の極致。
比喩としての“撃つ”を、
映像で“現実の殺意”としてぶつけることで、
原曲の比喩が逆に暴力の詩へと変質する。
タランティーノは比喩と現実を縫合した。
ポップの弾道が初めて“本物の血”を帯びた瞬間だ。
なのでTeaserにKILL BILLパロディが入っていたのはこーいう関係性からでした
2026年:IVEがその弾丸を再び“反転”させる。撃つのは女だ。
そしてIVE「BANG BANG」。
タランティーノが“比喩→現実の暴力”へと反転させた構造を、
さらにもう一段上からFLIP AGAINしたことにある。
今回は——
撃ち抜く側が女性。
恋の悲劇の被害者でもなく、
暴力の被害者でもなく、
主体として、照準を自ら合わせて引き金を引く“欲望する女性”が立つ。
Nancy Sinatraの“受動的官能”。
タランティーノの“暴力の悲劇”。
その二重の歴史を
IVEは一発の銃声に圧縮して
**“攻めるポップ”**として撃ち返した。
これがガールクラッシュの完成形であり、
IVEが常にやってきた
“ポップ構造の高度編集”!!!
連続性こそがポップであり、IVEはその文脈の“編集者”として最強。
ポップとは、ゼロから何かを作ることではない。
既存の記号をどう並べ替え、どう反転させ、
どう他ジャンルと衝突させるかで生まれる“意味の爆発”のことだ。
Nancyの比喩。
Tarantinoの暴力。
IVEの主体性。
この三つが重なった瞬間、
同じ「Bang Bang」という言葉が
まったく別の宇宙で炸裂する。
これは“ただのオマージュ”なんかではない。
60年の文化を束ねて撃ち抜く編集アートだ。
IVEはポップの射程を理解している。
Nancyが撃たれ、Brideが撃たれ、
そして2026年、
IVEは撃つ側に立つ。
被害者の歌でも、復讐の詩でもなく、
“私は私の欲望で世界を撃ち抜く”という宣言。
これがポップの真髄。
これが現代の編集力。
これがIVE。
傑作。
そして完全なる“文化のカウンターショット”。
そして今回サウンド面で画期的なのは今までREI様のボーカリゼーションは楽曲の"アクセント""スパイス"としての英語で言うと「DEADPAN」なファニーなキャラクターとして鳴ってたんですよね。でもこの「BANGBANG」ではそこから完全に進化して楽曲に即した"KINKY"なRAPになってるところがこれまでのIVEの楽曲構成と明らかに違うところなんです!!このメタモルフォーゼは今後のIVEのサウンドにおいてとても重要なものだと思います










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