「素人」発言で炎上したチョコプラ松尾氏がラジオで告白していた「破滅願望」
あぁ・・・・・・・・・やっぱり・・・・・・
今回のチョコレートプラネット松尾氏の「素人はSNSをやるな」イシュー
どこでも報じられていませんが実は松尾氏の「異変」、
今回の騒動と地続きともいうべき「予兆」があったことをご存じでしょうか??
マヂカルラブリーのオールナイトニッポン出演時の異変
この放送回はマヂカルラブリーのオールナイトニッポン名物企画である
「芸人に休みをとらせよう」企画で
今年2025年が様々な意味でメモリアルイヤー化して鬼忙しいはずの
チョコレートプラネットをゲストに迎えた回でした
ところが、これちょっと異様な内容で
AV監督である僕だからなのかってとこもあるかもですが
松尾氏がひたすら
「セックスしたい!!!!!」
と告白し続けるわけですよ・・・・・・
それも奥さんとではなく不倫とか犯罪的カタチで!!と。
最初は深夜ラジオ向けの「下ネタ」サービスって感じで聴いてたんですが
あまりにも何度も松尾氏が話し続けるので、これはちょっと変だなぁーーーと聴いていました。
その切羽詰まった「性欲」に対する執着、しかも霜降り明星のせいや氏が
結婚の相談をした際にこんこんと「家族のすばらしさ」を力説したっていうエピソードを知っていたので
余計にこのかかりまくった「性欲告白」がめちゃくちゃ気になっていた矢先の今回の大炎上でした。
チョコプラ松尾「素人はSNSをやるな」発言は、芸人としての<破滅美学>の叫びである
バズは終わった。
誰もがRTを稼げなくなったこの荒野で、あの男──松尾駿は叫んだ。
「素人はSNSをやるな」
炎上? 違う、それは自己炎上芸だ。
あれはミサイルじゃない、松尾が己に放ったダイナマイトだったのだ
「素人禁止令」の真意──それは「芸人として死にたい」という祈り
一見するとこれは芸人の上から目線だ。「SNSは芸人だけの舞台」「素人は邪魔」などと、そう見えるかもしれない。だが違う。これは単なるマウントでも老害の嘆きでもない。
これは芸人の<破滅願望>である。
彼は笑いの前線に立ち続けている。
でもその最前線とは、常に「自らを晒し、壊し、呪い、燃やす」戦場だ。
つまり「俺が壊れるまでが芸」。
その芸人が、己の破滅を支える舞台の一つがSNSであって、
そこに素人が「安全圏から遊びに来る」ことに、
芸人としての聖域が穢される感覚があったはず
不倫願望も、性欲も、すべては破滅の供物
松尾はラジオで語った。自らの止まらない性欲を。不倫願望を。
もはや暴露でも売名でもない。
あれは「自分を芸の供物にする」儀式だった。
彼にとっての笑いとは、裸の王様になることでも、下ネタで笑わせることでもない。
「自らを社会から追放される寸前まで連れて行き、なお笑わせる」ことなのだ。
それが芸人。
それが松尾。
そして彼が叫ぶ「素人はSNSをやるな」とは、
「お前らは破滅する覚悟がないだろ?」
「だったらこの<闘技場>に来るな」
というローマ時代の剣闘士の叫びなのだ。
この時代、誰もが「おもしろさ」を投稿できる。
でも、芸人は違う。
「おもしろさ」と引き換えに、自分の人生を削る。
家族、信用、未来──それらすべてを差し出して、笑いに変える。
それが芸人の業。
松尾の叫びは、そんな時代へのレクイエムであり、
自らが芸人であることを証明する最後の火花だった。
いま2025年のこの超ーーーーーーーーーコンプラ時代にこれまで
それはもちろん長田氏が主導して極力アジャストしてきたチョコレートプラネット
多分その先にはサンドウィッチマン的お茶の間芸人像があったはず
そして上に挙げたような「芸人像」は完全に昭和時代の遺物かもしれません
しかし笑いのコアにあるのは破壊願望であり、そうした暴力性をどのようにPOPにするのかという編集力が「芸」です
今回の松尾氏はそうした暴力性を外側に発露できない無意識のジレンマから
それを自らに向けて破滅願望を抱えてしまっていた
そうした松尾氏の自我をどう「芸」に落とし込むのか?
長田氏のとてつもない編集力に注目しています。










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