トゥルーブルー: ポルノとセックスの間で。1000 Men and Me: The Bonnie Blue Storyが大傑作ドキュメンタリー!!

メチャクチャ面白かった!!!!!!!!!!!
一昨日UKのChannel4(国営放送局)で放送され、英国内で賛否両論が吹き荒れまくっている
26歳のポルノスター、ボニーブルーのドキュメンタリー
1000 Men and Me: The Bonnie Blue Storyが超ーーーーーーー傑作で素晴らしかったので完全レビューさせてください
目次
Onlyfansのポルノクリエイターとして一か月で一億稼ぐボニーブルー
なんといってもボニーブルーを一躍有名にしたのは
「一日で1000人の男たちとGANGBANG(乱交)する」というトンデモ企画の成功でした
インディペンデントポルノクリエイター・ポルノスターとしては世界最高峰にいる彼女を
これはドキュメンタリー内でも言及されてますがボニーブルーはSNS系ポルノプラットフォームであるOnlyfansのクリエイターであり通常のポルノメーカーと契約してフィジカル作品や配信作品を出していないのでポルノ業界内の立ち位置としては「インディーズ」。そのため全米最大のポルノエキシビジョンでも「格下」扱いされるシーンがあります
女性監督が6か月密着。彼女の思想・哲学とビジネスモデルを徹底的に追ったドキュメンタリーが
1000 Men and Me: The Bonnie Blue Storyです
女神でも犠牲者でもなく、わたしは「プロフェッショナル」
このドキュメンタリーで明らかになるのはボニーブルーという
究極のアスリート精神とまるで優れたCEOのようなビジネス感覚の両方を備えた
彼女曰く
「ポルノのプロフェッショナル」
でももっと正しく言い換えると
LADYGAGA的(サムネにもしてあるこの作品のキービジュアルの彼女は完全にガガ様でしょ!)
「ポルノモンスター」
の姿です。
ポルノという名の虚構工場の中で、自らの肉体と精神を武器に、ただ搾取される女でも、ただ消費される記号でもない、
「商品=私」を構築し、販売し、管理し、再生産していく一人のCEO
SNS時代——「#MeToo」以後の世界で、我々は「性の解放」と「性の商品化」を見分ける眼をすでに失っている。
しかし、Bonnie Blueはその混濁を逆手に取る。
彼女のポルノ哲学は、フォロワー数という資本を持ち、露出という労働を管理し、
快楽という演出を組み立てる“参加型ポルノ”の最前線
トップオフシーンはもちろん挿入シーン、乱交シーンも完全に放送したChannel4の凄さ
見ていてエーーーーーーーーーーーーーーー?!?!と本当に驚いたのは
こうしたテーマだからボディコンシャスとして全体の50%以上がトップオフな全裸シーンになるのはもちろんだけど
実際の性交シーン、乱交シーン、挿入シーンまでどんどん放送された事!!
ケーブルテレビじゃなくチャンネル4って国営放送ですからね。
でもこのドキュメンタリーはセックスシーンがなければ
極めてアスリート的な彼女に引き寄せていえば
アスリートのドキュメンタリーなのにその競技の映像がないなんてことはありえないわけで
1000人と乱交するボニーブルーの「肉体」や「表情」を完全に捉えたスタッフは凄いと思います
SNS時代における「参加型ポルノ」という最終兵器
ドキュメンタリー内でボニーブルーが自らのポルノ哲学として語り
実際彼女のブランドのコアとなっているのが乱交をはじめとする「参加型ポルノ」へのこだわりでした
SNS時代のポルノは、見るものではなく、巻き込まれるものへと進化した。
パソコンの前でひとり消費していた時代は終わった。いまやスマホ一つで、DM一通で、コメント一行で、「作品の一部」になれる幻想が、視聴者の脳をバグらせる。
“推し活”と“性欲”が完全に融合したポストAV時代のビジネスモデル。それが「参加型ポルノ」なのだ。
出演者と視聴者の境界線が崩壊する。カメラの内と外が接続される。観客が資金提供者にもキャスティングディレクターにもネタ提供者にもなるこの構造は、旧来の制作―消費というラインを根本から破壊し、
「コンテンツ=関係性」というSNS時代最大の毒を、そのまま快楽に転換している。
Bonnie Blueが示したのは、身体というライブメディアが、**“巻き込まれたがる観客”を取り込みながら、自己神話化していく過程そのものだった。
もはやセックスではない。これは“双方向的自己物語生成”**である。
そしてこの構造において、「搾取」も「演出」も「支配」もすべてがグラデーション化される。
なぜなら、観客はすでにプレイヤーだからだ。
「参加型ポルノ」は、欲望を共有するSNS時代の神話装置であり、
「見られること」の快楽と、「関われること」の陶酔を結合させた、エロスという名の総力戦である。
それはつまり、“最終兵器”としてのポルノの最終形態(エンドコンテンツ)である。
ボニーブルーとV&Rプランニングという共通点
上に書いたようなボニーブルーの戦略って、あれ?!?!どっかで・・・・・・って
これ古巣でもあるV&Rプランニングの伝説のシリーズ「してみませんか?」の参加型ポルノ路線であり

このドキュメンタリーで彼女が話している
「過激なセックスに自分を追い込むことで作りものじゃないリアルが生まれると信じてる」って
連続で過激なセックスシーンというミッションを与えるこれまた伝説のシリーズ
「ジーザス栗と栗鼠スーパースター」のテーマそのままじゃないですか!!
あーーーそうか!! 安達社長!!!! ぜひこのドキュメンタリー見て
SNS時代の新しい参加型と追い込み型シリーズしてみませんか?

フェミニズムVSボニー・ブルー
日本でも繰り返される三上悠亜チャン炎上ネタ的な
ボニー・ブルーへの強烈なバックラッシュにもこのドキュメンタリーは言及しています。
そして彼女自身も彼女をフェミニズム的観点から攻撃する人々に対し
「じゃあアナタたちが1000人と乱交してみたら? でもできないと思う
だって私ほど完璧に自分のボディを管理できるオンナは世界中どこにもいないから」
このドキュメンタリーで彼女が最も使ったワードは「My Body」です
■1. 自己決定権から「自己資本化」へ
旧来のフェミニズム(第二波フェミニズム以降)は、「女性の身体は女性自身のものである」という身体の所有権=自己決定権を強調してきました(“My Body, My Choice”)。これはリプロダクティブ・ライツ(中絶・避妊の自由)や性の自己決定などと深く関わっています。
しかしBonnie Blueの語る「MY BODY」は、所有ではなく運用のフェーズに入っている。
彼女は身体を「持っている」だけではなく、それを企画・流通・演出・統治しており、ここに登場するのが「自己資本化(self-capitalization)」という第三の段階です。
自己決定権(フェミニズム的主体性)
自己表現(SNS的自己ブランディング)
自己資本化(身体をビジネス資源として管理・拡張・再投資する)
このように、彼女の「MY BODY」はフェミニズム的な“選択”の概念を超えて、ネオリベラル資本主義のゲームに自らプレイヤーとして乗り込んでいく新たな戦略概念となっている。
■2. 売春との構造的な差異:労働 vs 経営
(A)売春=労働者的セックスワーク
売春は従来、「性的サービスの提供」という交換関係の中で、身体が労働力として使用されるモデルです。
これは経済的・契約的には「労働」であり、身体の使用権を一時的に他者に提供するものです。
特徴:
身体の使用(use)
一対一の関係性
商品は「行為そのもの」
場合によっては搾取的中間者が存在
(B)Bonnie Blue型「自己資本化ポルノ」=プロデューサー的身体経営
一方Bonnie Blueの実践するポルノは、自らが身体の演出者であり、マーケターであり、配信者であり、分析者でもあるという多層的構造を持っています。
単なる労働者ではなく、身体を「再帰的商品」として“保有しつつ運用”している「経営者」的モデル。
特徴:
身体の設計(design)と配分(distribution)
不特定多数との関係性(SNS的、デジタル的)
商品は「身体+関係性+物語」
自身がプロダクション(OnlyFans等)の中核
■3. フェミニズムとの緊張関係:
従来のラディカル・フェミニズムは、ポルノを「女性の性的搾取の象徴」と見てきました。
だがBonnie Blue型の自己資本化は、搾取構造の中に自ら乗り込み、操縦し、拡張する能力そのものを“力”として見せつける行為である。
つまり、「ポルノに搾取される女」から「ポルノを搾取する女」へ。
Bonnie Blueにとって「MY BODY」は“選択”ではなく“運用”であり、
“自由”ではなく“戦略”なのです
TRUE BLUE ポルノとセックスの間で
今回この「1000 Men and Me: The Bonnie Blue Story」が面白かったのは
実はボニーブルーと僕では性的行為を撮影するということの本質論が真逆だったからなんですよね。
セカイはアセクシャル化しているっていう嘘をボニーブルーは暴いていて
実は本当はみんなセックスには興味が爆発するほどある。
ただそんな本音が言いにくくなっただけだってことをわかっている
だから彼女はそんな臆病な人々の「性欲」のカタチを人々の代わりに平均化して
「ポルノ」として商品化してみせる。もうほとんど松下幸之助である
でもって完全に逆で、ぼくがセックスを撮るのは
性行為には平均化されえない何かが存在していて、
「ポルノ」化できないそんな「ノイズ」を撮ることに意味があるんじゃ?
性行為だけに発生するそんなノイズ/エラーはココロとカラダによる音楽みたいなもんじゃないの?
とずーーーーーっと言ってきた気がします。
そういう僕だからこそこのドキュメンタリーは最高でした。
だってボニーブルーちゃんおんなのことして面白すぎるでしょ!!!
彼女の「TRUE BLUE」をRECしたい!!と思いました













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