参政党に興味のある方々も必見! 2025年を代表する傑作カルト極右政治映画「Sovereign 」完全レビュー!!!

2025年8月2日XR映画レビュー

今年2025年はちょっと不気味なくらい映画不作イヤーで(泣)
僕が最後に映画レビューを書いたのは2024年の11月という体たらくなんですが

とんでもない傑作映画が遂に遂にきましたッッッッ!!!

もう上に張ったTTRAILERの1stカットからこの映画の凄さは伝わると思いますが
Christian Swegal 監督のデビュー作、
2010年に実際に起こったカルト極右政治集団「Sovereign Citizen」の党員父子による殺人事件を映画化した

「SOVEREIGN」がほんとーーーーに素晴らしい作品で、
もしあなたが今年一本だけ洋画を見るならこれしかない!!とまで断言できる傑作なので
日本語による最速&DEEPレビューをさせてください

カルト極右政治集団「Sovereign Citizen」とは?

「Sovereign Citizen(ソブリン・シチズン)」は、アメリカを中心に存在する反政府的・陰謀論的な思想を持つ人々や運動の総称で、
法的・政治的に非常に過激な信念を抱いています。以下、詳しく解説します。

🔹 概要
Sovereign Citizen(主権市民)運動とは:

「自分はアメリカ合衆国政府の管轄下にはない、独立した“主権者”である」と主張する運動。
彼らは政府の法、税金、裁判所、警察などの権限を拒絶し、「自分たちのルールで生きる」ことを正当化します。

🔹 主な思想・主張
政府は不正に成立しており、合法ではない
 → 1871年にアメリカは法人化され「合衆国株式会社(U.S. Inc.)」になったという陰謀論がよく引用されます。

法的な名前に関する信念
 → 彼らは「大文字で書かれた名前(例:JOHN DOE)」と「本当の自分(例:John Doe)」を区別し、大文字の名前は政府が作った架空の存在であり、自分自身ではないと主張します。

自分は“契約していない限り”法の拘束を受けない
 → 「自分は憲法の下の“自由人”であり、国家との契約を結んでいないから、法的義務は存在しない」と考える。

税金・免許・登録の拒否
 → 所得税の支払いを拒否、運転免許不要、車の登録や保険の加入も不要とする。

🔹 なぜ広まったのか?

1980年代の農業不況や不動産危機、2008年のリーマンショック以後の金融不信

**ネットやYouTubeでの“合法的に税金を払わない方法”**の拡散

極右思想、リバタリアニズム、一部宗教運動と結びつく形で拡大

「アメリカンヒストリーX」との違いと絶望との距離

エクストリームな極右政治集団の物語といえば白人至上主義者を描いた
「AMERICAN HISTORY X」がありますが

「Sovereign」で描かれる

極めて宗教性の高いカルト政治主義と社会と個人の関係

は、まだどこか「そーいう人たちもいるよね」といって俯瞰できたアメリカンヒストリーXのそれとはかなり異なったナラティブを持っています

映画『Sovereign』は構造的に『アメリカン・ヒストリーX(American History X)』(1998)と非常によく似た
“憎悪の継承”と“再生の可能性”というテーマを持ちながらも、
その社会への絶望の深度が格段に深く、より回復不能な地点に突き落とされるような感覚を恐ろしいほど見事に捉えています

『Sovereign』の絶望の深さとは?

① 国家も家族も教育も信用されていない

『アメリカン・ヒストリーX』には、まだ「公教育」「服役中の他者との対話」「更生」という社会システムへの希望が描かれていましたが、
『Sovereign』ではその機能すらも「すでに破綻している世界」として描かれます。

父は教育も司法も拒絶し、息子を“自由人”として育てる

息子は一時的に「学校」に憧れるが、制度的に救われることはない

警察や裁判所も、彼らとの対話ではなく武力衝突でしか解決できない

➡️ 社会はすでに“壊れている”前提で描かれており、更生の物語が不可能

② SNS・陰謀論の時代性

『Sovereign』が描く絶望は、情報社会における孤立と分断に根差しています。

父親が拠り所にするのはネットで集めた陰謀論、YouTube、UCC文書

息子が外の世界を知るのもネットやSNS、だがそれは物理的な救済にはならない

情報は多いが“信頼”はどこにもない、という無縁化された現代のリアリズム

③「信じる先」が何もない世界

『American History X』では社会はまだ機能しており、教育や家族、友情が再生の契機として描かれるのに対し、『Sovereign』では社会の側にも機能不全がある。

警察や福祉の制度は彼らを救えず、逆に“敵”として機能

父ジェリーが信じる「国家はもはや合法ではない」という歪んだ世界観に対して、社会の側からの反証が描かれない

息子ジョーにとっては、「信じるに足る他者」がこの世界に存在しない

『Sovereign』が『アメリカン・ヒストリーX』よりも絶望的なのは、
「赦し」や「希望」が制度・関係性・物語構造のどこにも埋め込まれておらず、
信じる者がいても、信じる社会が存在しないという構造にあります。

政治の再宗教化とは何か?を描いた「SOVEREIGN」

僕はこれらのエントリー記事で

参政党的なるものを中心として、今日本の社会で起こっていることのコアは
政治の再宗教化だと書いてきました。

この「Sovereign」で描かれているのも強い宗教性をもったコトバによってしか救われない
という恍惚と絶望がテーマであり、それはベストセラーにもなった一連の脱カルト本的物語です

もう政治では救えない

貧困×孤独=絶望

にはもう宗教性の高いコトバしか残されていないという
政治の再宗教化がデッドエンドまで加速しようとしているギリギリのイマを「SOVEREIGN」はスクリーンに刻み付けます

1970年代映画的な極めて1970年代映画的な・・・・・・・

このインタビューでChristian Swegal 監督自身も語っていますが

この「SOVEREIGN」は僕もずーっと言い続けてること

2020年代を描くには1970年代的映画手法を取らざるを得ない

という絶対的なミッションに準じています。

シネマトグラフィーで編集のペースで、ほんとーーーーに素晴らしい
父親役のNick Offermanと息子役のJacob Tremblayの演技で
そしてほとんど奇跡のように1970年代的なラストによって

作られた2025年における完璧な1970年代映画が「Sovereign」です

ラストシーン近く、スーパーマーケットにいる息子のジョーと少女の、前半の伏線をエンディングへと繋ぐこのシーンは10年ほどで見た映画群の中で最も優れたシーンの一つだと思います

We Need To Conquer 祈りが呪いに変わる時

父ジェリーが息子ジョーの前で、血走った目と破裂寸前の声帯で叫ぶ
「We Need To Conquer(俺たちは征服しなければならない!!)」

それはもはやスローガンではない。
父ジェリー・ケインにとってそれは「祈り」ではなく、「呪い」であり、「使命」ではなく、「宿命」だったのだ。

この男は、国を憎んだのではない。
**“信じた国に裏切られた”という確信が、すべての思考を焼き尽くしていた。
家は奪われた。職も尊厳も失った。唯一残ったのは“俺の身体は国家のものじゃない”**という、狂気のような信念。
だから叫ぶ。「征服せよ!!」と。
その「征服」は、世界を支配することではない。
国家という名の幻影に毒されたこの世界の「現実」そのものに、俺たちの“現実”を上書きすることなのだ。

これは革命ではない。
戦争でもない。
彼にとっての征服とは、“信じる世界をこの手で創り直す”という“父性”の最終形態”。
だがそれは、息子ジョーの「ただ学校に行きたい」というささやかな現実を、焼き尽くす“妄想の炎”でもあった。

そして何よりもこの台詞は、ジェリー自身への自己洗脳の合図である。
「We Need To Conquer!!」と叫ぶたびに、彼は自分がただの惨めな脱税者でないことを証明しようとする。
この叫びは、
「お前の人生は失敗だった」という沈黙の現実に対して、
声という名の銃弾で撃ち返す最後の手段なのだ。

だからこそ、
この叫びは勝利の雄叫びではない。敗北を自ら打ち消す、呪詛のような誓いだった。

映画はWILCOのJEFF TWEEDYが歌うウイリアムブレイクの詩
「How Sweet I Roamed From Field To Field」で幕を閉じます

ブレイクの詩が語る、“自由にさまよっていた過去”こそ、
ジョーが最も望みながら、最も奪われた「たったひとつの真実」**だった

Jeff Tweedyというアメリカーナ最後の吟遊詩人
その声で歌われるブレイクの詩は、
もはや詩でも音楽でもない。
**“アメリカという国家の魂の残響”**なのだ。

ジョーの視線は空へと溶け、
もう聞こえないはずの風がささやく──

**「野をさまよっていた頃、君には翼があった」**と。

ジェリーが叫んだ「We Need to Conquer!!」は、
世界を征服することなど一度もできなかった。
だがこの曲、この詩のなかでは、
「征服などいらなかったもうひとつの現実」が静かに息づいている。

それは、
鉄条網でも銃弾でも届かない、
詩と旋律だけが辿り着ける、魂のエデンである。

それは祈りではない。希望でもない。
**「失われた魂の在りし日の証明」**であり、
映画『SOVEREIGN』という、最もアメリカ的で最も非アメリカ的な作品における、
**唯一の救済=詩(POETRY)**なのである。

2025年8月2日

Posted by nolongerhuman