Number_i 新曲「未確認領域(U.M.A.)」に感じる一抹の不安とは?徹底考察・レビュー!!
おーーーーーー!!!!
前作「God_i」から約半年ぶりのカムバ!
Number_i 新曲「未確認領域(U.M.A.)」が解禁になりました。
彼等の登場がどれだけ革命的であったかについてはこのエントリー記事にも書いていますが
この新曲DROPのタイミングでポップミュージック史的な視点から
Number_i に関しての徹底考察・レビューをさせてください!
目次
2015年からのKPOPルネッサンスに正面から応えた唯一のJPOPアイドルとしてのNumber_i
2015年に何が起こり何が始まり何を破壊し何が生まれたのか?
それをKPOP大学では「KPOPルネッサンス」と定義し
この年以降にリリースされたKPOP ANTHEMとはポップミュージック史における
1960年代のTHE BEATLESの
1970年代のハードロック、PUNK、テクノの
1980年代のHIPHOPの
1990年代のグランジの
2000年代のEDMの
ポップミュージック革命と全く同じ
そのサウンドとメロディーとグルーヴとコトバでどのようにセカイとワタシを「再編集」するのか?
という優れたポップミュージックだけに課された命題に真正面から死闘を繰り広げた成果であり
最新のPOP革命である。だからこそ2025年の今も世界で最も優れたポップミュージックを鳴らせるのだ
という論点からずーーーーーっとテキストを書き続けてきました。
KPOPが洋楽的ポップネスとは何か?その根本にある構造を深く学び、
そのコアの部分に忠実に自らをアップデートしつづけたことが
イマのKPOPに繋がったように
日本でもKPOPを、もちろんそれは1960年代にTHE BEATLESを模倣して
現在の日本のアイドル芸能システムの礎を作った「グループサウンズ」が生まれたように
KPOPを模倣することで少しでも「ポップミュージックとは?」という命題に近づこうとする試みが
この3-4年でよーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーやく
よーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーやく生まれてはきました。
そうした「コピーバンド」的遊戯性も微笑ましい現象だし、
それまで(これは色々なアイドル運営の方々とお仕事をさせていただいていた関係から確信を持って言えますが)
KPOPを冷笑し、演者であるアイドルたちはみんなKPOPを聴きまくっているのに
製作者側は無視をするという倒錯現象が恐ろしすぎた時代から考えればすごい進化だとは思いますが
でもどーーーーーーーーーしても出てこなかったのがKPOPが死に物狂いで格闘した
そのサウンドとメロディーとグルーヴとコトバでどのようにセカイとワタシを「再編集」するのか?
そのためにどうやって洋楽的なポップネスを再解釈するのか?
というKPOPが行った途方もない試みに真正面からぶつかるJPOPアイドルグループは存在しませんでした。
そこへ遂に現れたのがNumber_i でした。
僕は「GOAT」を聴き、そのMVを見た瞬間に号泣したのを覚えています
そこで繰り広げられる途轍もない強度を持った「編集力」
繰り返しになりますが優れたポップミュージックとは自分より前に誕生したポップミュージック達を
どれだけ重層化して/再構成して/再編集するのか/という編集力の強度のことです
「GOAT」の中で切り刻まれ、再編集され、そして爆発するように飛び散った
過去の偉大な無数のポップミュージックの欠片達
そしてそのカオスの中を乱反射する虹のように駆け抜けるNumber_i
KPOPが生んだPOP ANTHEMが放つ「ヒカリ」と全く同じ
優れたポップミュージックだけが放つ「輝き」をJPOP史上初めて鳴らしたのが「GOAT」だと確信していますし
「BON」も「INZM」もそのポップミュージック的編集力の強度を備えた途轍もないPOP ANTHEMだと思っています。
アイドルポップとは演者と制作者による魔法であること
The BeatlesにジョージマーティンというPDが必要だったように
マイケルジャクソンにクインシージョーンズというPDが必要だったように
そしてもちろんKPOP ANTHEMを作り続ける無数のPD達のように
アイドルポップとは制作者と演者であるアイドルによる「魔法=MAGIC」の事で
どれだけその魔法のタネが素晴らしくてもそれが本当に起きていることのように演じられなければマジックは成立しません
「GOAT」をはじめNumber_iの楽曲もそんな演者とPDの奇跡的な「魔法」によって成り立っていることが
このインタビューでもわかります
つまり時にメディア記事で「突飛な」とか昔からのファンを置いてけぼりにしたとか書かれがちな
Number_iは正しくアイドルポップとしての「王道」を進んでいるのです。
「God_i」そして新曲「未確認領域」に感じる不安とは?
この新曲「未確認領域」はリリックからもMVからも明白にサイケデリックなインナートリップについての楽曲であり
世界観はあのサイケインナートリップもの傑作カルト映画「アルタード・ステーツ」です
そして一月に解禁となった「God_i」
今年解禁になった2曲は来月リリースされるセカンドアルバム「NUMBER2」からの先行曲で
既に公開されているアルバムの一つのジャケがこうで

こうやって並べると僕のようなPOP中毒者の方々は、「あーーー・・・・・・」と感じると思いますが
そうなんです!!!!
今年2025年のNumber_iのクリエイションの方向性がかなり「内側へ入りすぎ」てる
難解になっているのがとても気になるんですよね。
ポジティブに解釈すればTravis ScottやTyler, the Creator が先頭を走ってるサイケHIPHOPのnumber_i版ともいえるかもだけど
そしてこれはAIによる彼らのMVREMIXを作ったりしてるので
めちゃくちゃ身に染みてわかるんですけど
「God_i」も「未確認領域」もMVがほとんどすべてオフビートなカット、
つまり演者を真正面から捉えないカットで占められていて
どちらの曲も「インナースペース」がテーマなんだから
「外側」は見せないという世界観で統一されてるという解釈も可能なんですが
それにしてもちょっとバランスが崩れてきているのでは?????
ファーストアルバムが完全に振り切った先行曲群とバランスをとるようなアルバム収録曲で構成されていたことから
セカンドアルバム自体はファンダム向けにバランスのとれたアルバムになるとは思います。
でもファンダム以外の「セカイ」へ、信者ではなく「他者」へと放つ先行曲として「God_i」も「未確認領域」も
かなり「閉じてしまった」楽曲になってしまっているのではないか??
僕が今年2025年のKPOP ANTHEMで心底驚いたのは7年ぶりに作品をリリースしたGDRAGONの
その圧倒的に開かれた途轍もないPOPNESS、ポップモンスターともいうべき圧倒的「編集力」でした
活動休止直前の途轍もないPOPARTの結晶だった東京ドーム公演についてはこんなレビュー記事を書いています
NUmber_iは明らかに初期のGdragonをかなり学習したプロジェクトですが
今年のG-Dragonの圧倒的に「開かれた」=王道のアイドルポップネス
Number_iもそのクリエイションのロールモデルとして学習したであろう彼のポップミュージックであることを引き受ける清さと比べた時
今回の「未確認領域」も含めて2025年の2曲は
ポップミュージックの王道を引き受けるという状況を「回避」している
この「閉じた」感じが何に起因するものなのか?
海外進出の進捗状況なのか、国内での活動状況なのかはわかりません
でも幾つかのクリエイションに現れているのは明らかな「影(シャドウ)」です。
2024年の全てが開かれまくった完全な躁状態からの揺り戻しとしてのシャドウ
だったらこの後その両極が統合されて本当の意味でのNumber_iのポップミュージックが生まれることになります
そうであってほしい!!!いや絶対にそうだ!!!!!!
とこれが単なる杞憂であってほしいと思っています!!!!!













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