唯一残された有効な少子化対策とはコスパ無視の「エンパソゲン社会」を作ることである
いきなり真逆の結論で恐縮ですが、実は当アカウント自体は少子化は新しい未来への必然であり
その先にこのエントリー記事で書いたようなPOPな世界が生まれると考えているので
少子化問題がここまで議論されるほどのイシューなの!?!?!?派なんですが
でもそのうえでとにかく巷にあふれるどの少子化対策案なるものをつぶさに勉強してみても
それら施策が少子化問題に有効であるか否かの結論が全く出されず
なにか「言いっぱなし」になってるような状況がずーーーーっと不思議だったし
それはAV業界的視点からはっきり言ってしまうと
だってこの問題のコア中のコアって
「なんでみんな中田氏セックスしなくなったの??」
ってことなわけだから、
それをいわゆる政治系・社会系メディアが真正面から取り上げられるわけないよなぁ・・・と感じていました。
とはいうもののポップカルチャーの視点からこのイシューをとらえなおした時に
少子化問題がなぜ加速しているのか?について全く別視点・次元からの考察ができる!!と思ったのでこのエントリーをしました。
キーとなる概念は
「内発化」
と
「SECOND SUMMER OF LOVE」
です。
目次
- 📉「少子化」は人口の問題じゃない。「内発性」の問題である
- 評価経済社会における外発的報酬系と少子化の関係とは?
- 内発性の欲望とは何か
- 内発性が奪われ外発化されるとなぜ少子化がおこるのか?
- ココロと脳の外発化=老いるということ???
- コスパを無視した「報酬系の再設計」こそが少子化問題対策である
- SECOND SUMMER OF LOVEはポップミュージック史における「内発革命」だった
- セカンドサマーオブラブが変えた「覚せい剤」の社会的役割とは?
- 内発革命だったはずのサマーオブラブはなぜ短命に終わったのか?
- MDMAを合法化し内発性に基づいた「エンパソゲン型社会」を構築することが唯一有効な少子化対策である
- 「共感インフラ」としてのMDMAとは?
- MAKE CONTACT!! サードサマーオブラブのためのロードマップ
📉「少子化」は人口の問題じゃない。「内発性」の問題である
これまでに論じられている基本的な少子化問題への対策はほぼすべてが
「生みやすい社会」を作るために社会的な補助、超・端的には
子供を産んでくれたらその「報酬」としてお金を払います
というコンセプトのものです。
でもこの少子化対策の持つコアのコアのコアのコアにあるのは
外発性の推進
つまり人々が子供を望まなくなった社会を作り上げてしまった意識の構造を全肯定してるだけなんです。
評価経済社会における外発的報酬系と少子化の関係とは?
SNSによって生まれた「評価経済社会」という現在のあり方によって
僕らは
評価はリアルタイムでフィードバックされる
数字が世界中に可視化され、比較される
評価が次の機会や収入に直結する
という社会で生きています。
この評価経済社会が生み出す最大のものは
僕ら自身の脳やココロにビルトインされている
「報酬系の回路」⇒楽しい!!を感じる心的・脳的回路
の外発化です。
つまり本来「楽しい!!」とか「嬉しい!!」といった報酬の感情は
内発的なものでした
・うまくできた喜び(内発的)
・自分だけがわかる成長や発見
・無目的な楽しさ
でも評価経済社会はこの報酬の感情の回路をこう変換してしまいます

これが報酬系⇒「嬉しい」「楽しい」の「外発化」という事態です。
この外発化がなぜ少子化問題のコアかというと、実は「子供を産む」
えーーーーーーーーーーーーーい!!AV業界としてもっとはっきりと
「中田氏セックスをする」
っていうのは根本的にそうした外発的報酬とは真逆の
「内発性」
に基づいた行為だからです。
内発性の欲望とは何か
では本来「子供を産む」という行為のコアとなっている「内発性」とはどういうものか?というのは
ものすごくわかりやすく
「きわめてコドモ的欲望」「子ども的高揚感」
のことです。
たとえば:
公園でひたすら走って笑ってるだけのあの感覚
意味もなく石を拾って集めてたときの集中
なぜかうれしくて、訳もなくジャンプしてた午後
それって、「目標」や「成果」じゃなく、存在そのものが祝祭だった時間。
成熟した私たちは、「意味」「目的」「成果」「成長」といったストーリー性のある快楽に慣れてしまってる。
でも、子どもの高揚感には物語がない。論理もない。ただ**“呼吸のように”生まれる歓喜**。
それは、「世界と自分のあいだに意味のフィルターが挟まっていない状態」。
だから謎めいてて、ちょっと神聖・・・・それが「内発的」なココロと脳の状態です
内発性が奪われ外発化されるとなぜ少子化がおこるのか?
評価経済社会によってそうした内発的欲望が評価の対象外とされ
外発的な評価が社会的に最も意味を持つことになる事
そうした内発性の抑圧とは言い換えると衝動の規律化・最適化が起こっているという事でもあります
かつて、子どもを生む・家族を作るという行為は、
衝動
本能
社会との曖昧なつながり
経済的な合理性などとは無縁の「なりゆき」
の中にあった。
でもいまの評価経済社会は──
🛑 内発性を全部“外発的な理屈”で潰す社会です

それは「やりたい」という衝動が「やってもいいのか?」というコスパと最適化
に変換されてしまう事であり
中田氏セックスという最も衝動的な内発性が否定されること。
少子化現象の根本にはこうした評価経済社会における内発性の否定があるのです
ココロと脳の外発化=老いるということ???
🧠 外発的になってしまうとは?
「評価されるか?」
「役に立つか?」
「儲かるか?意味があるか?効率は?」
──と、“世界の目”を内面に取り込んでしまう状態。
つまり、自分の行動や衝動の根源が、もう「外」なんだよね。
これは、大人になる過程で不可避的に刷り込まれていく視線。
🧓 老いとは、「自己生成の衝動」が弱まること
子どもは「つくりたいからつくる」「走りたいから走る」「変な声出したいから出す」。
でも「老い」とは、自分の衝動が自分からじゃなくなること。
いつのまにか「やるべきこと」しかやってない。
「意味があること」しかできなくなっている。
「誰かに見られている前提」でしか動けなくなる。
これこそが「精神の老い」。
💡 外発化の正体:世界に“測られる”ことを受け入れてしまう
「老い」って、カラダが劣化することじゃなく、
自分の価値を“世界の枠”の中で測るようになった瞬間から始まる。
🌱 じゃあ、若さとはなにか?
若さとは、意味のないものに喜び、無名の衝動に従える自由。
何者かにならなくていいとき
何かの役に立たなくていいとき
誰からも見られてないときに、
それでも「やりたい!」が湧いてくる状態
実は少子化現象とは報酬系が外発化されることにより
なんとかかんとかポジティブにいえば社会全体が「成熟」
そして「老化」していることを表しています
コスパを無視した「報酬系の再設計」こそが少子化問題対策である
実はこの唯一有効な少子化対策である、現在の外発化した報酬系を
内発型に変えるという提言の先にあるミライについては
このエントリー記事で既に詳細に書いていて
少子化対策のコアとは評価経済社会から内発型社会へのロードマップを作ることだと考えています
内発社会宣言 — ドーパミンの旗の下に
世界は、数字の檻だ。
評価の鎖が脳に絡みつき、
衝動は点数に換算され、
愛はコスパの計算式に封じ込められる。
恋も、出産も、創造も、
本来は理由なき火山だったはずだ。
だがいま、そのマグマは、
「意味はあるか?」という冷却装置で凍りついている。
老いるとは、
内なる衝動が外の評価に乗っ取られることだ。
そして少子化とは、
生まれたいという衝動そのものが
社会ごと消失するプロセスの名前だ。
だから叫ぶ。
意味のない喜びを返せ。
偶然を祝え。
無計画を許せ。
数字は殺せ。
拍手は幻だ。
評価経済を脱ぎ捨て、
祝祭経済へと突入せよ。
無目的な踊りを、国の中心に置け。
偶発の恋を、公共事業にしろ。
意味のない出会いを、制度で守れ。
我々は、合理の戦車を花で止める。
そして再び、
やりたいからやるというだけの、
狂ったまでに美しい衝動の旗を立てる。
内発型社会とはニアイコールで「失敗こそが社会的スコアだ」と書いたこの記事の内容にも沿ったもので
そして本論考のコアはここからなんですが
ではどうように社会設計を行ったら少子化社会ではなくなるのか?
その解決法はポップカルチャー史の中にありました!!
それが1988年に始まった「セカンドサマーオブラブ」というポップミュージックにおける一大革命です
SECOND SUMMER OF LOVEはポップミュージック史における「内発革命」だった
実はいろいろなエントリー記事で書いていますが
この2-3年の間で洋楽界隈ではこのSECOND SUMMER OF LOVEをオリジンとした
所謂「MADCHESTER」ムーブメントの再評価がはじまっていて
ポップミュージックの動向が社会を先んじるとずーーっとお伝えしている
当アカウントとしては正にBINGO!!!
この1988年からの「セカンドサマーオブラブ」から1992年ぐらいまでの「マッドチェスタームーブメント」の中に
今の少子化問題を解決する全ての思想性が潜んでいると思います。
セカンドサマーオブラブとは何だったのか?
このポップミュージックにおける奇跡のような「革命」については
もうほとんどこの一冊だけ読めばすべてがわかる!!!神本の
レイヴ・カルチャー──エクスタシー文化とアシッド・ハウスの物語がありますが
Second Summer of Loveとは、1988年から1989年にかけてイギリスで起きた、音楽と若者文化の爆発的な高揚を指す。アシッド・ハウスの高揚感に満ちたビートと、愛と一体感の感覚が、無数の若者を野外レイヴやクラブに向かわせた。ロンドンやマンチェスターでは、違法レイヴが次々に開催され、「ここでは誰もが平等」という空間が自然発生的に生まれていった。
スマイリーフェイスのアイコンとカラフルなスポーツウェアは、抗議ではなく喜びを表すサインだった。それは1967年のヒッピーによる「サマー・オブ・ラブ」の精神を受け継ぎつつ、より都市的で身体的な快楽主義へと進化していた。警察による摘発やメディアのスキャンダル報道にも関わらず、この一体感は一時的なユートピアとして確かに存在した。
やがてこのムーブメントは「マッドチェスター」やブリットポップ、グローバルなクラブカルチャーへと受け継がれていく。Second Summer of Loveは単なる音楽の流行ではなく、退屈で抑圧的な社会を突き抜けて、愛とダンスでつながるための革命だったのだ。
UKのポップミュージック史においては
この「SECOND SUMMER OF LOVE」と「MADCHESTERムーブメント」は1970年代のPUNKムーブメントが
全てを塗り替えてしまったように、完全にこれ以前・これ以降という分水嶺となる一大革命で
多くのドキュメンタリーが作られ
この時期について検証が行われたドキュメンタリーのプレイリストです
ダンスミュージックとロックミュージックの境界がまるでベルリンの壁の崩壊と同じように
完全に消滅しました
これら「MADCHESTER」期のPOP ANTHEM PLAYLISTです
8/13追記。このMDMA×ポップミュージックというSUMMER OF LOVEが生み出した音楽革命で1stでも2ndでも共通して起こったのはBLACK MUSICとWHITE MUSICの境界線も破壊されたのも重要です。1stでは黒人音楽であったBLUESを白人がとにかく爆音でアレンジするという方法論でハードロックが生まれ、2ndではRAGGAを倍速でサンプリングミュージック化するという方法論でJUNGLEが生まれました。
つまりこのSECOND SUMMER OF LOVEで起こっていたこと
それは正に上記したような「内発性」の爆発が起こったということであり
社会にセカイにそして他者に向き合う時のココロの有り様が完全にシフトしたからこそ革命となりました。
とここまで書いてくると
「あーーーあーーー・・・・音楽とダンスがあればっていう祝祭社会化のハナシね・・・・」
という冷笑が思いっきり聞こえてくるわけですが
実はこの「SECOND SUMMER OF LOVE」のもう一つのコア、そしてこれが当アカウントの考える
どうやって有効な少子化対策を社会実装していくのかのコアでもあるんですが
それはこの一大革命を支え、そして同時に自滅させたのが
「MDMA」
つまり「エクスタシー」「LOVE DRUG」etcetcetc
呼び名はあれこれですが要は
「覚せい剤」
だったということです。
セカンドサマーオブラブが変えた「覚せい剤」の社会的役割とは?
上のドキュメンタリープレイリストにも入ってますが
SECOND SUMMER OF LOVEにMDMAは必須でした
しかしあまりというか日本ではもちろん全く言及されていませんが
海外でも問われていないのは、SECOND SUMMER OF LOVEが
世界史上における覚せい剤の使用価値、意味性を根本的に変えてしまった!!ことです
戦争のためのドラッグとしての覚せい剤
一番有名なのはペルビチンとして覚せい剤を常時使用していた
ヒトラーをはじめとするナチス
そして第二次大戦中の日本でも特攻隊をはじめ様々な場面で
ヒロポンとして覚せい剤は使われていました
つまり(ここが重要なんですが)
「内発的に人を殺すためのドラッグ」
として長く歴史的に覚せい剤は用いられてきました。
ところがSUMMER OF LOVEは覚せい剤=MDMAという元々「エンパソゲン(empathogen)」、人間の脳内の「共感性」や「一体感」をブーストする役割を使うことで
「内発的に人を愛するためのドラッグ」
として覚せい剤を再定義しなおしました。
薬理的にはペルビチン・ヒロポン=メタンフェタミンでMDMAはメタンフェタミンに**メチレンジオキシ基(ベンゼン環にO-CH2-Oが付いてる)**が加わった形です
このことが持つ最大の意味は、
・覚せい剤は間違いなく有効的にヒトの内発性をブーストする機能がある
・しかしこれまで覚せい剤は戦争のためにしか使われてこなかった
・SECOND SUMMER OF LOVEは「意図的に」この覚せい剤に関する歴史的ナラティブを変革しようとしたPOC(社会実装実験)だった
というところです
内発革命だったはずのサマーオブラブはなぜ短命に終わったのか?
でもここでメチャクチャ大きな疑問がわいてきます必ず!!
それは、
そんなに素晴らしいはずの「革命」一回目も二回目もどーーしてすぐ終結したの??
という歴史的事実です。
1960年代後半の一回目の「SUMMER OF LOVE」
1. First Summer of Love(1967, サンフランシスコ)
背景
LSDとヒッピー文化
ベトナム反戦運動、フラワーパワー、自由恋愛
短命の理由
社会の逆流(バックラッシュ)
当時の保守政治・メディアが「ドラッグ文化=犯罪・堕落」と攻撃
薬物規制
1966年にLSDがカリフォルニアで禁止 → 1968年に全米で禁止
インフラ不足
数十万人規模のヒッピーがサンフランシスコに集中 → 治安・衛生・食糧が崩壊
内部崩壊
コミューンの理想と現実のギャップ、リーダー不在
そして1988年から1992年までの二回目の「SECOND SUMMER OF LOVE」
2. Second Summer of Love(1988–1989, UK)
背景
MDMAとアシッドハウス/レイブ文化
倉庫や野外でのオールナイトパーティー
短命の理由
警察と政府の弾圧
英国政府が大規模レイブを違法化(1990年「Criminal Justice Act」)
ドラッグ純度と安全性の低下
市場に粗悪なMDMA(偽薬や混合薬)が出回り、事故や死亡例が増加
商業化によるスピリットの喪失
元々の自由で反体制的なムードが、商業イベント化で薄れる
健康被害報道
メディアが過剰に危険性を報じ、一般層の支持が急速に萎む
もう何故ファーストもセカンドも自滅したのかは明らかで
それは「文化革命」ではあったけど「社会革命」にしようとしなかったからです
MDMAを合法化し内発性に基づいた「エンパソゲン型社会」を構築することが唯一有効な少子化対策である
何故「社会革命化」しなかったのか?
それも1st、2ndの内実をみれば明らかでMDMAによってブーストされた内発性は
あらゆるポップカルチャー表現を革命的に変えたけど
その内発性のコアとなっていたエンパソゲン=共感性・一体感だけが解決できる
社会的イシューがまだ1960年代にも1988年にも存在していなかったからです
じゃあイマ2025年は?????
確実に今ここの切迫した社会的イシューとしてMDMAによってブーストされるエンパソゲンを
必要とする課題があります!!!
そう、歴史上既にPOCが2度も行われてその有効性が証明されているMDMAを合法化して
社会実装することだけが唯一有効な少子化対策であり
ファースト&セカンドサマーオブラブが実は目指していた新しい社会を遂に実現する
サードサマーオブラブ
こそが内発性に基づく「中田氏セックス奨励社会」を誕生させることができると確信しています。
「共感インフラ」としてのMDMAとは?
実はMDMAにまつわる環境はこの2-3年で激変していて
危険ドラッグ扱いから完全に「セラピードラッグ」として合法化の動きも始まっています
この一本目動画は特に素晴らしくて自らの体験としてMDMAがセラピードラッグとしてどのように自分を助けてくれたのかを解説してくれています
ちょっとクセが強い動画だったりですがセラピードラッグとして
評価経済社会によって外発化されてシュリンクしてしまった極めて純度の高い内発的共感性をMDMAはブーストしてくれます
クラブ御用達ドラッグからのMDMAのリブランディング状況に関するこちらのニューヨーカー誌記事も必読です
つまりMDMAは少子化対策=中田氏セックスのための内発的エンパソゲンを合法的にブーストしてくれる
社会に絶対的に必要な「共感インフラ」として実装するための条件が整いつつあるというのが今なのです
MAKE CONTACT!! サードサマーオブラブのためのロードマップ
Third Summer of Love(第三の愛の夏)──
まさに「戦争アッパーを愛のアッパーに転換」する物語の旗印
First Summer of Love(1967, サンフランシスコ)
LSDとカウンターカルチャー
愛と平和と自由の拡張
ロックとヒッピーの黄金期
Second Summer of Love(1988–1989, UK)
MDMAとアシッドハウス/レイブ文化
一体感・多幸感・クラブカルチャーの爆発
若者文化の大転換
そして・・・・・・・
Third Summer of Love(未来)
管理された安全版エンパソゲン
社会的孤立・少子化・分断の解消を目的に国家規模で「共感の化学」を実装
戦争・労働ドーピングの歴史を反転し、愛と繁栄の燃料にする
この国の人々は、互いの目を見て語ることすら忘れた。
「コスパ」と「効率」に支配された評価経済の海で、
恋愛も性愛も、もはや投資対効果の計算式に変質してしまった。
だが、ヒトは本来、無謀な恋をし、意味もなく抱きしめ、
ただ衝動のままに未来を作ってきた生き物だったはずだ。
MDMA――それは、脳内の扉を一時的に開く鍵。
セロトニンとオキシトシンの洪水が、
人と人の間に築かれた冷たい堤防を一瞬で溶かす。
「会いたい」「触れたい」「一緒に生きたい」
この根源的衝動を、社会全体にブロードキャストする。
エンパソゲン(Empathogen)=共感を生み出す物質や体験
それを社会スケールでやるってことは、
単なる薬物利用じゃなくて制度・空間・文化そのものを“共感ブースト”仕様に作り変えるということになります。
そしてこの少子化対策としてのMDMAを用いたサードサマーオブラブという施策には
ファーストやセカンドで大量に創造されたあらゆるポップカルチャーソースをアップデートできるので
アーティストやミュージシャンもこの社会実装に参加しやすいという点もあります
—————————————————————————————-
多分実はこれ以降ここまでのポップカルチャー革命はUKでおこっていないというのが
SECOND SUMMER OF LOVEのとんでもなさですが
このMDMAがもたらした革命、それを「体現して音にした」のはもちろん
HAPPY MONDAYSでありロックとダンスミュージックが全く新しいカタチで完全に融合した
MADCHESTERムーブメントの最高潮の瞬間をとらえたとされているのが
この歴史的ライブであり
彼らの代表曲でもありMDMAとポップミュージックが正に一体化した瞬間のユーフォリアその瞬間の「音」がこの曲ですが
と同時に当時このSECOND SUMMER OF LOVEという革命を俯瞰してまさに「編集」して
最も優れた作品を作ったのが1970年代のPUNK革命の正に当事者だった
THE CLASHのミックジョーンズ率いるBIG AUDIO DYNAMITEであり
セカンドサマーオブラブとは何か?というドキュメントにもなっている
「megatop phoenix」という途轍もないアルバムです
Feelings fly around
Around up in the air
Bouncing off the walls
Getting under my hair
On the carpet in the weave
Up in trees on the leaves
Feelings flying everywhere
I’m on the right track
For what I want to say
I got to get it out
There ain’t no other way
To make contact
There ain’t no getting away
From how I feel today
この「CONTACT」の歌詞はMDMAによってブーストされた内発性のコアが
コンタクト=共感性=一体感=エクスタシーにあること
それこそがSECOND SUMMER OF LOVEとは何だったのか?という問いに対する
ファイナルアンサーであることを高らかに宣言しています。
この内発性を再び、いや三度取り戻すこと、しかもそれが日本で起こるかもしれないこと
しかもそれが今後の社会構造において最も重大なテーマであろうイシューを解決させること。
正にポップカルチャー的方法によってしか社会は変わらないと信じる
当アカウントにとって少子化対策とはこのような意味をもっていると思います
8/15追記。MDMAの内発性ブーストについて現在手に入る書籍で最も詳細に書かれた「幻覚剤と精神医学の最前線」でも紹介されていた先日も日本のTV局では絶対に作れないインターネットポルノ傑作ドキュメンタリー「1000人の男と私:ボニー・ブルーの物語」を放送した英国の国営放送局チャンネル4が2012年に放送した超画期的な番組、聖職者から軍人まで多数の被験者に実際にMDMAを摂取してもらいその体験をリポートするという「Drugs Live The Ecstacsy Trial」の動画がありました!!メチャクチャ面白いです。必見!!!
1000 Men and Me: The Bonnie Blue Storyについて日本で最も詳細にその画期性を書いた記事はこちらです



















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