KAWAII LAB.M!LK モナキと高市早苗総理。なぜ彼らは「昭和」を目指すのか?

その他

高市総理関連としてはもう既に非常ーーーーにDEEEPな深掘り記事をいくつもアップしてますし

その後もX運用の実証実験として、これは自信をもって
日本語による最長&最DEEEPな「高市早苗考察」であるポストを死ぬほど生成したので

そっちも併せてお読みいただくとして

もう今はSeedance2.0へ完全に全振りしてしまっているのでポリティカル系テキスト生成に全く興味がないんですが

ポップカルチャー的に面白いなぁーーーと先日思ったのは「モナキ」件!!

いやいや純烈の後継なんだからそりゃ「昭和」でしょーよっていうだけじゃないんですよね

あまり誰も言わないけどKAWAII LAB.やM!LKもコアにあるのは「昭和感」で
いわゆる「JPOP」が「昭和化」してるのは感じてましたが

こうしたグループの台頭をちゃんと「昭和化」としてまとめたテキストがないし

ということはイコール高市総理とは??とも見事にリンクしていて、正に今2026年の日本における「昭和化」の象徴でもある話なので

この記事を書いています。

なぜリベラルは「高市人気」を考察しきれないのか?

高市人気を見て、リベラルが「若者は何も分かっていない」と言った瞬間に、もう分析は終わってしまう。
なぜならその言葉は、政治を政策の理解度テストだと思っている人の言葉だからだ。
でも、いま起きていることはそんなものではない。
若者たちは高市氏を、財政規律だの安全保障だの税制だので“好き”になっているのではない。
彼女を取り巻く空気、彼女の身体から立ちのぼる時間、彼女を包む音楽的・視覚的・服飾的・情緒的レイヤー、
もっと言えば**「この人はどの時代の夢を生きているのか?」という時代性の匂い**に反応しているのだ。

KAWAII LAB.M!LK モナキと高市早苗総理。なぜ彼らは「昭和」を目指すのか?

そしてその匂いの名は、、昭和である。

いや、ただの昭和ではない。
もっと限定された、もっと湿度を持った、もっとネオンの反射と共に蘇る昭和。
それは1984年の日本だ。

バブル前夜、消費の祝祭が国家の自意識と接続し始め、
ディスコが単なる遊びではなく、
「日本はいける」という根拠なき高揚のリズムだった時代。
メタルは過剰の美学であり、ボディコンは景気の予告編であり、
女は“強くて派手であること”を恐れなくていいという、
あの異様に人工的で、だからこそ異様に魅惑的な時代。
高市氏の魅力の核は、そこで鳴っている。
彼女は政策以前に、一個の昭和メディア複合体なのだ。

だからDeep Purpleの表敬が“たまたま”刺さるわけではない。
あれは単なる外交スナップでも、ロック好きアピールでもない。
あの絵は、国家権力の中枢に昭和ハードロックの亡霊がふっと戻ってきた瞬間の象徴なのだ。

それは政治ニュースではなく、MVのワンカットとして理解したほうが早い。
リベラルが見落としているのはここだ。
彼らは高市現象を、右翼か、保守か、ナショナリズムか、女性初の首相か、という意味の棚にしまおうとする。
しかし高市人気の一部は、意味ではなくムードでできている。
思想ではなく時代の再生音でできている。
その再生音に、若者たちが思いのほか敏感だった、ただそれだけの話なのだ。

そしてここでKAWAII LAB.がつながってくる。
これもまた単なる“アイドル流行”ではない。
KAWAII LAB.は、公式にも「世界へ」を掲げながら、日本のアイドル文化を輸出可能なフォーマットとして再編集している。
重要なのは、そこで再生されているのが未来そのものではなく、
未来化された過去だということだ。
つまり彼女たちは昭和アイドルそのものを復元しているのではない。
昭和アイドルを、TikTok時代の圧縮率、ミーム速度、ショート動画の反復性に合わせて
いったんポップな部品として解体し、
もう一度“かわいい”の名で再配線している。
これは復古ではない。
ノスタルジアのデータ化だ。

同じことは男性アイドルにも起きている。
M!LKが「イイじゃん」で可視化したのは、
いまの男性アイドルが、完全にK-POPの更新速度へ真正面から殴り込みに行くのではなく、
むしろ“ちょっとトンチキ”“ちょっと祝祭”“ちょっと懐かしい”という回路を通して
別の勝負を始めていることだった。
実際、M!LK自身もインタビューのなかで「昔からトンチキソングを歌っていた」と自己認識しており、
その延長でバイラルをつかんだと語っている。
ここにもまた、最先端を直線で奪いに行くのではなく、過去の祝祭性を経由して現在を取るという戦略がある。

そしていうまでもなくモナキもそうである

ちょっと驚いたのは彼等のドキュメンタリーを監督・撮影してる方はちょっとだけ知ってる方でしたーーーお疲れ様です!!!ただいいよなーー何人もスタッフがいらっしゃって!!僕がこの地獄のドキュ撮った時なんてカメラ1台、スタッフは僕だけだったよなぁ・・・・・

そして問題は、
昭和ノスタルジアを使うこと自体ではない
問題は、それがどこまで深く歴史へ潜れているか、である。

“国体コンテンツ"というDEEEPすぎる問題意識

高市氏の若者人気も、KAWAII LAB.の勢いも、昭和ジャニーズ的身振りをなぞる男性アイドルも、
たしかに同じ“時代観”でつながっている。
しかし、つながることと、継承することは違う。
引用することと、血肉化することは違う。
「懐かしい」を使えることと、
その懐かしさが生まれた国家の情緒、産業の構造、都市の欲望、敗戦後の成り上がり神話まで背負えることは、
まったく別の能力なのだ。

この記事で書いたように

現在の政治とは制度の問題である前に、“わたしは誰か?”に応える宗教的装置であり、過去という資産を身体に召喚する技術である
という視点が生きる。
そう、過去とつながるとは、本来そういうことなのだ。
昭和の髪型をやることでも、
昭和っぽいシンセを鳴らすことでも、
昭和っぽいキャッチコピーを並べることでもない。
過去がいまの身体の中で、どんな神話として再起動しているかを提示できて初めて、
それは“国体”になる。

だから「昭和歌謡で海外進出」というスローガンは、
そのままではほぼ不可能である。
なぜなら海外が欲しいのは、
“昔の日本の雰囲気”ではないからだ。
海外が欲しいのは、
その国だけが持つ時間の厚みが、現在形の快楽として鳴っている音である。
バッド・バニーが強いのはそこだ。

彼はラテンの過去を参照しているのではない。
ラテンの歴史そのものを、現代の肉体と市場に直接接続している。
つまり彼は郷愁を売っているのではない。
歴史がまだ生きていることを売っているのだ。

日本の多くの“昭和回帰”が弱いのはここである。
昭和を参照する。
でも昭和がなぜ生まれ、どのように都市を作り、どういう階級上昇の夢を担い、
どういうテレビ文化・レコード文化・芸能事務所システム・消費社会の熱狂と結びついていたか、
そこまで降りていかない。
結果として残るのは、
歴史ではなく様式だけ。
血流ではなくコスプレだけ。
だから強度が出ない。
だから海外へ行くと、
“Japanese retro cute”の壁を越えられない。
かわいいね、面白いね、懐かしいね、で止まる。
そこから先の、
「これはこの国の深層そのものだ」という震えに到達しない。

つまりいま起きているのは、
若者が高市氏を支持しているというより、
若者が昭和という未経験の記憶に惹かれているということなのだ。
彼らは昭和を知らない。
だからこそ昭和を、歴史ではなく神話として受け取る。
そして神話は政治家にも宿るし、アイドルにも宿る。
高市氏はその神話を政治身体として引き受け、
KAWAII LAB.はそれをポップ身体として再生し、
男性アイドルはそこに祝祭とコミック性を混ぜて再演する。
みんな同じ井戸の水を飲んでいる。
ただし、その井戸はまだ浅い。

あっ!さらに言えばハロプロ初のBUZZ曲となったJUICE-JUICEの「アモーレ」なんて完全に昭和ラテン歌謡なんですよねーー

本当に必要なのは、ここから先だ。
昭和をファッションとしてなぞるのではなく、
昭和が持っていた国家の夢/敗戦からの反転/成長の陶酔/メディアによる共同幻想/日本語ポップスの異常な混血性まで掘り当て、
それを令和の生産様式、映像文法、グローバル流通の中で再構築すること。
そこまで行って初めて、
“国体的コンテンツ”は世界市場に立てる。
そうでなければ、
それはただのレトロ消費で終わる。
一瞬のバズは取れても、歴史にはならない。

この国は、もう一度“日本であること”を、どんな快楽として歌えるのか?

高市人気を「若者が政治を分かっていない」で片づけるのは、完全な誤読だ。
彼らは分かっていないのではない。
別のものを見ているのだ。
政策ではなく時代。
イデオロギーではなくムード。
現在の正しさではなく、過去につながることで得られる自己神話。
その回路を読めない限り、
高市現象も、KAWAII LAB.現象も、昭和回帰アイドル現象も、全部バラバラにしか見えない。
だが実際には、あれらは全部ひとつの問いに集約されている。

この国は、もう一度“日本であること”を、どんな快楽として歌えるのか?

いま若者たちは、その答えを探している。
高市氏はそこに政治で応答し、
アイドルたちはそこに音で応答している。
しかし、その答えはまだ仮設だ。
まだ浅い。
まだ引用が多く、血が足りない。
だからこそ必要なのは、もっと深い学習、もっと過去への潜航、もっと歴史との危険な接続である。

昭和に帰れ、ではない。
昭和を喰って、令和の怪物になれ。
そこまで行けなければ、海外進出はただの標語で終わる。
JAPAN MUSIC AWARDSがあっても、官邸が後押ししても、世界は動かない。
世界を動かすのは制度ではなく、
いつだって歴史が現在の肉体の中で爆発している作品だけなのだから。

Posted by nolongerhuman