真実と事実。参議院選挙2025を席巻した「政治の再宗教化」について完全考察!

いやーーーーーー!!ほんとーーーーーーに面白い選挙でした。
多くの方々が言及していらっしゃるように日本の政治史に残る
歴史の大転換点だった2025年の参議院選挙の結果が出ました。
当アカウントはポップカルチャー考察の視点から
ある意味で従来のポップコンテンツ以上に
急速に「POP」になりつつある日本及び世界の政治状況を
政治的な視点からは読み解けない本質について書かせていただいていますが
今回もこの選挙結果についてどんなメディアよりも最速で考察・解説し
これも当アカウントのお約束ですが、こうした"イマ"を受けて
今後社会がどのような"ミライ"を迎えるのか?まで徹底的に書き切りたいと思います!
目次
参議院選挙2025の本質、それは政治の再宗教化である
すでにこのエントリー記事で詳細に書いていますが
正にこの参議院選挙でも明らかになったのは
すべての政治的行動は宗教的な強度を持たなくては人々に届かなくなっていること
現在の政治状況のコアにあるのは政治の再宗教化であるということでした。
こういう事を書くとリベラル側の皆様から
「ほーーーら!!やっぱり参政党は支持母体はないといっているのにあるじゃないか!!」的な
政治的ナラティブで反応されることが多いと思いますが
そうしたところとは別にいわゆる石丸現象以降の「政治の推し活化」
政治的な視点からは「あんなのアイドルの推し活と同じでしょ?」という「推し」という行為は
ポップカルチャーの視点から指摘させていただくと単なる「応援」ではなく
限りなく宗教行為に近い行為だという事です。
文字通り「アイドル=偶像」を成立させる世界観と哲学を全肯定し
批評性と社会性を手放して帰依すること
これがアイドルカルチャーにおける「推し」の本質です
推しがほぼニアイコールで宗教行為であることは
現在世界最大アイドルであるBTSの歩みをみればとても分かりやすいと思います。
a)まずBTSは孤独な、ほとんど誰も味方のいない状況化でとてつもなく大きなミッションを掲げました
それは「KPOPアイドルとして世界で初めてグラミーを受賞すること」
b)尋常では達成できないミッションに対する自らの挑戦を絶えずSNSで発信していくことで
徐々に彼らの挑戦に同調しはじめる支援者(=信者)が形成されて行きました
その絶対にBTSに対する批判を許さない、BTS以外の世界に対する攻撃性から
BTSのファンダムは「ARMY」と名付けられました
c)キリスト教をはじめとしたあらゆる宗教と同じようにARMYによる「推し活」はアイドル本人(神自身)のメッセージをはるかに超えて
きわめて宗教的な布教活動の様相を次第に帯びていきました
d)ここにあるの複雑な自己を捨て去り「推し活・布教活動をする信者」というシンプルな自己像へ自分をメタモルフォーゼすることで
自らのアイデンティティを成立させるという極めて宗教的な心理形成が発生しています
e)しかしこうした宗教的なコミュニティ=ファンダムによってBTSは遂にグラミーにノミネートされるところまで上り詰めます
この
①「孤独な挑戦者」による
②「とてつもないミッション」を
③「みずからのめんどくさい自己・現実から逃れたい人々」が
④「信者というシンプルな新しい自己を得てその世界観を全肯定し批判に対して攻撃を行う」
この4つがそろった時に「推し」というシステムが発動します。
でもこれはもう完全に宗教のシステムだと思います。
ポップカルチャーとりわけアイドルカルチャーでは1960年代のTHE BEATLESによってこの「推し活」という名の新しい宗教が誕生していました
日本ではもちろん男性アイドルにおいては旧ジャニーズで
女性アイドルにおいてこの宗教的推し活がシステム化されたのはAKB48以降であり
ポップカルチャーの文脈から考察すると、人々が「めんどくさい自分を捨ててしまいたい」「宗教性の高い行動をしてみたい」
という欲望を強くもっているという事態というのはとっくに可視化されていて
石丸現象、斎藤現象、参政党現象、そして今回の参議院選挙まで、政治の世界でも推し活的行動が顕著になったのは
①から④までの要素が、つまり彼らを「アイドル」として成立させる宗教性への欲望が
ポップカルチャーという遊びの場だけではなく遂に社会全体で強まっていることの発露だと思います。
つまり参政党的なるものがこれだけ支持されようとしていることの本質は
「もう政治では世界は変わらない、世界を変えてくれるのは宗教だ」
という悲鳴にも似た強い思いであるということです
実はこれ全く誰も言及してないのが不思議なんですが
選挙前のRehacqでの3時間超ロングインタビューで国民民主の玉木氏が
とても興味深いことに言及していました
それは
「今後、政治と宗教は絶対に近づいていくと思う」
という発言でした
(一時間46分4秒ぐらいから一分間ぐらいの部分です)
こう書いてしまうとリベラル的には「ほーーらやっぱり玉木氏は統一教会の!!!!」になってしまうかもですが
そうではなくSNS中毒とまでいわれている玉木氏の今何が政治に求められているのかという嗅覚はいまだにとても鋭く
実はいま人々が政治に求めているものをその心の奥底まで読み解いていくと
この複雑すぎる社会と自分から解放してくれる「宗教性」なんだということを玉木氏は直観しているということです。
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そして本当は「ナマ動画」等を見ていただくと一目瞭然なんですが
見たくないんだよなぁ・・・という方々は是非こちらの8bitnewsで現在行われていた
参政党演説内容のファクトチェックシリーズ動画での候補者の「語り口」
地上波での討論会やRehacq等では抑えられてきた神谷氏の根幹にあるガンギマリMODE
が選挙戦が進むにつれて漏れ出してきてしまっているこの深層NEWSでの討論での「語り口」
そして現在は全文削除されているのでコチラに全文コピーしたものをアップしましたが
東京選挙区にて当選したさや女史(=日本のおかあさん・・・)の選挙参謀を務めていらした
三橋先生のこのテキストの「文体」
ポップカルチャーの考察では、そのメッセージの内容もですが
そのコンテンツの本質はその「語り口」や「動作」や「文体」にあるという視点が重要で
上記した参政党的コンテンツの語り口・動作・文体は全て強力な自己啓発的宗教性を体現しています。
それが何故なのか?については既にこのエントリー記事で書いていますが
今回の参議院選挙における参政党の躍進について政治的な視点からは
・自民党右派の受け皿になったから
・地方議会で150人以上の議員を輩出し、すでに全国48都道府県の支部でどぶ板活動も行ったから
・既存政党への反発が新政党へ向かったから
などが指摘されていますが、それらはこの選挙結果のコア中のコアではないと思います。
今回の参政党の躍進に見られるような現在の政治的本質とは
この世の全ては一つの「物語性」で説明ができる
という強力な宗教的強度を持つメッセージが最も有効であるということが証明されたことにあります
YESかNOか 各政党のメッセージの本質は何だったのか?
この参院選では前半が「減税」そして後半は「外国人問題」がメインイシュー化されましたが
実はこれも今回ぼくはポツプカルチャー考察の視点からあらゆるメディアコンテンツを死ぬほど見聴き読みしましたが
はっきりいって「減税」がテーマだとどの党も同じような政策で盛り上がらないなぁ・・・と気づいた
制作者側が、以前から潜在視聴率をはじめとしたディマンドが高い「外国人問題」へとコンテンツ内容を変更したから
メインイシュー化しただけにすぎなくて、そこは本質ではなくて。
こうした表層的なイシュー以上に投票者に意味をもったのは
各政党のコアにあるものが「YES」なのか「NO」なのか?
という事でした。
自民党は「減税」にNOといいました
公明党は「減税」にNOといいました
立憲民主はYESもNOもいいました
国民民主は「金を稼ぐこと」にYESといいました
参政党は「過去」に対してYESといいました
維新は「社会保障」にNoといいました
れいわは「イマの社会」にNOといいました
共産党は「与党」にNOといいました
社民党は「ミサイル」にNOといいました
日本保守党は「極右」にYESといいました
みらいは「政治システムのDX化」にYESといいました
一目瞭然なんですが今回の参議院選で議席を得たのはそのテーマはなんであれ
「YES」というコアを持つ政党であり
議席を失った党はそのメッセージの本質が「NO」に立脚した政党でした。
実はこれも政治の再宗教化と密接に関係があり、上にも書いたように
アイドル=ファンダムのように宗教化した空間ではその全てに対して「YES」
それも強く強く強く「YES!!!!」を放つことだけが正しい行動です
政治においてもそうした宗教性に基づいた関係性が必要になってきている
ということに肌感覚で気づいた政党は「YES」を
そうした政治の再宗教化に気づいていない政党は政治的には正しいけれど
人々が望んでいない「NO」に立脚したメッセージを発してしまった
もちろんこれは多くの人々にとって無意識化での選択だったかもしれませんが
人人は決して個々のイシューに対して投票したのではなく
政党のメッセージに潜むもっと深い部分での「YES!」に反応して投票を行ったのです
女性議員の数が過去最高に。の持つ意味は?
これ見出しだけを見ると「男女共同参画のーーー」的な捉えられ方をする状況ですが
今回ほんとーーーーーーーにつぶさにあらゆる政治コンテンツを
ポップカルチャーの視点から見てもう確信してますが
この参議院選挙で多数の女性候補者を擁立した参政党と国民民主は
あきらかに! AKBの総選挙的「推し活」システムとして女性候補を立てていて
東京選挙区の元歌手であり保守業界のオタサーの姫だった「さや」女史に顕著なように
それらの女性候補者は同性である女性に推されてるのではなく
かつてAKBの総選挙に熱狂していたような"現役世代"男性に推していただくための要員として
つまり女性アイドルとして政治家になった方々だということです
ずーーっと一貫して政治もポップカルチャーの視点から考察・解説しないと
その本質がわからない時代になっていると再三お伝えしてきていますが
今回のこの女性議員過去最多の意味もまさにポップカルチャーで行われていたことを
政治が採用している典型的な事例だといえます
7/23追記。さきほど「さや」こと本名「塩入清香」女史が既婚者であったことが文春でスクープされましたそうです・・・ザ・AKB&坂道的だなぁ・・・
参政党が本当に奪ったのはどの党の票なのか?
政治的なナラティブからはそれは
・安倍氏の暗殺以降行き場を失った自民党系右派であり
・既存政党への失望からとにかく新しい党への期待を寄せた無党派層
ということになっていて確かにその側面も否定しませんが
この参院選の本質が「政治の再宗教化」であるという視点からこの選挙結果を見た時
実は参政党が票を奪った、参政党的なるものに「YES!」といったのは公明党を支えていた人々なのではないでしょうか?
🔹 公明党の信者離れと“心の空白”の受け皿としての参政党
ここ数年、創価学会の内部でも**「青年層の離脱」「組織の硬直化」「信仰による社会変革の無力感」**が広がっています。
特に――
現実と信仰の乖離(選挙のための動員だけが繰り返される)
現代の若年層が納得しづらいスピリチュアル性
学会本部と末端組織の温度差
こうした“信仰共同体に対する信頼の揺らぎ”が、いわば**「心の空白」**を生み、その空白に「わかりやすくて熱狂できる世界観」を提示する参政党が入り込んだ、という構図は想定しうるのです。
🔹 参政党の宗教的言説力の特徴
参政党の主張には宗教的熱狂を呼びやすい構造があります:
目覚めよ(救済の呼びかけ)
我々が本当の真実を知っている(選民思想)
テレビや新聞に騙されている(グノーシス主義的二元論)
子どもたちを守るために立ち上がれ(宗教的家父長制的動員)
これらは創価学会の伝統的言説(「立正安国論」「広宣流布」)とは違いますが
既存宗教の“硬直した構造”に違和感を覚えた人々に強く訴えかける宗教的強度を持っています。
参政党が公明党票を奪った可能性のある選挙区分析
両党候補が競合した選挙区の票動向
2025年選挙で公明党と参政党の両方が候補を立てた選挙区は全国で7箇所あり、その多くで参政党が公明党の支持層を侵食した可能性があります。
以下に主な選挙区と結果をまとめます:
神奈川選挙区(改選数4):
公明現職の佐々木氏は約57.2万票で5位落選
参政党新人・初鹿野裕樹氏が当選確実となり、公明候補の得票減少(前回比▲約4万票)分を埋めるように票を伸ばしました
公明候補が神奈川で落選するのは18年ぶりで、公明党の支持母体・創価学会の影響力低下が指摘されています
参政党候補は警察官出身で、「体制への不満」を訴え無党派層や一部組織票を取り込んだとみられます。
埼玉選挙区(改選数4):
公明現職・矢倉氏が約44.2万票で5位落選
参政党新人・大津力氏が埼玉で党初議席を獲得しました
矢倉氏の票は2019年より約9万票減少しており、
参政党の大津氏は前回参戦時(2022年)の票を大幅に上積みしたと推測されます。
公明が擁立した7選挙区の一つ埼玉での敗北は、公明票の一部が参政党に流れた可能性を示唆します。
愛知選挙区(改選数4):
公明現職・安江氏が約39.2万票にとどまり5位で落選
参政党新人・杉本純子氏が愛知で初議席を獲得しています(出口調査報道)
安江氏の票は前回比▲約6万票の減少となり、その分が参政党に流れたことで逆転を許した格好です。
地元報道によれば参政党杉本氏は「参政党なら日本を変えてくれる」という共感を集めたとされ
組織戦の公明党が取りこぼした浮動票を掘り起こした形です。
東京選挙区(改選数6+補欠1):
公明新人・川村氏は約60.6万票で当選圏内でしたが、前回山口代表の81万票から大幅減となりました
同選挙区では参政党新人の「さや」氏(ジャズ歌手出身)が当選確実となり、参政党が東京で初議席獲得
東京では創価学会票の厚い基盤がありますが、公明党が候補者を交代(知名度で山口氏に及ばず)したことや参政党の台頭で、
支持層の一部が離反・棄権した可能性があります。
実際、公明票の減少幅(▲約20万票)は参政党さや氏の得票増加分とみられる数十万票に相当すると考えられます。
大阪選挙区(改選数4):
公明現職・杉久武氏は約50.4万票を獲得し4位で辛うじて当選
しかし得票は前回より約8.7万票減りました
一方、参政党新人・宮出氏は約51万票で当選(3位)し、参政党が大阪で初議席を得ています
福岡選挙区(改選数3):
公明現職・下野六太氏は約32.0万票で3位当選(前回比▲8万票)
参政党新人・中田優子氏が約38.1万票を獲得し2位当選、参政党が福岡で初議席を獲得しました
公明党はなんとか議席を守ったものの、立憲民主党現職を抑えて参政党候補が当選する波乱となり、
立憲の野田国義氏は「託してみたいという魅力がなかった」と敗因を分析しています
公明の下野氏自身「これまでにない大変厳しい選挙戦だった」と振り返っており、創価学会票にも動揺があった可能性があります。
SNS上の支持動向と言説(創価学会支持層 vs 参政党支持層)
SNS上でも創価学会員と参政党支持者の交錯が見られました。
また参政党の神谷宗幣代表自身、「公明党(のような組織)を目指す!」と演説で述べたことが報じられており
創価学会的な強固な支持組織づくりをモデルに掲げていました。
こうした発言は逆に学会側から警戒されましたが、参政党は学会員にも響くテーマで切り崩しを狙ったと見る向きがあります。
参政党支持者の言説にはスピリチュアル志向や陰謀論的主張が含まれる一方、
「食の安全」「オーガニック」「伝統家族の価値」など創価学会員にも受け入れやすいソフトな話題を強調する傾向があります
創価学会の教義は平和・福祉を重んじますが、学会員の中にも自然志向や反ワクチンに共感する層が一定数存在すると指摘されます。
宗教学者の島田裕巳氏は「かつて新宗教が担っていた不安の受け皿を、今はスピリチュアリズムの勃興とともに参政党が担っているのではないか」と指摘しています
つまり「世の中は間違っている」という参政党の訴えが、現状に不満を抱く人々(創価学会員を含む)の心に刺さり、
不安の受け皿となっているという分析です
ほとんどこの両党の相関関係を指摘するレポートはありませんが
「政治の再宗教化」という視点から考えた時今後とても大きな意味をもつ流れなのではないでしょうか?
心理学的にみる政治とマノスフィアと宗教性の補完関係とは?
リベラルの方々や政治的視点ではどうしても政党側に目が向いてしまいますが
ポップカルチャー考察の視点では既に演者(=政党)が発するメッセージよりも
その受け手側の受容の在り方=無意識の欲望カタチこそがそのコンテンツの本質であり
演者はそうした欲望をもった人々の代弁者にすぎないという捉え方をしています
つまりポップカルチャー的な視点からは参政党自体より、そうした参政党的自己啓発系宗教性
を無意識のうちに欲する人々の欲望を参政党はカタチにしただけという見立てをすることになります
そうすると「えーーーー!!日本に欧米型の極右思想を欲している人たちがこんなにいるのー??」となってしまいますが
実は参政党的なるものは極右ではなく極めて自己啓発的な宗教性に、そして一つの政治のカタチとしてある
欧米型の極右トレンドというよりも、マノスフィア的なコミュニティーに対する人々の欲望が生んだ政党なのではないでしょうか?
①なぜマノスフィアは強い宗教性と結びつくのか?
1. 秩序と権威への渇望
自尊心が損なわれた人間は、混乱と不安を抱えることが多く、明確な規範や序列を求める傾向があります。
宗教(特に保守的・権威主義的な形態)は、「男らしさ」「家父長制」「道徳的秩序」などを強調し、それが安心感とアイデンティティの回復につながる。
2. 個人的な弱さの「外部化」
自分の失敗や劣等感を自分の責任ではなく「堕落した社会」「フェミニズム」「リベラル思想」といった敵のせいにすることで、自己正当化が可能になる。
宗教的言説やスピリチュアルな言語を使うことで、自分の怒りや敵意に「高い道徳的意味づけ」が付与される。
3. 「選ばれし者」意識
一部のマノスフィアの中には、「真理に目覚めた男性たち」という意識を強く持つグループがあります。
この選民思想は、カルト的な新興宗教やオルタナ右翼の一部とも構造が似ています。
②心理学的にみるマノスフィアと宗教性の補完関係とは?
・ナラティブアイデンティティの再構築:
自らの挫折体験を「意味のある物語」として語る手段として、宗教的・神話的言語は非常に効果的。
・認知的不協和の解消:
「努力したのに成功しない」→「世界が腐っているからだ」というフレームに置き換えることで、自分の失敗を直視しなくて済む。
・補償行動(compensatory behavior):
劣等感や屈辱感を「絶対的な正しさ」や「超越的な存在」への帰依によって帳消しにしようとする。
③マノスフィアの主張に共通する宗教的なナラティブとは?
1. 世界は堕落している
現代社会(リベラル・フェミニズム・メディアなど)は「堕落したバベルの塔」として描かれる。
男性が「創造された役割」に戻ることが神の意志とされる。
2. 男性は神から使命を与えられた存在である
神・自然・進化のいずれかの名において「男性はリーダーである」「支配・保護・支柱としての役割を持つ」とされる。
「えーーーー?!?!でもマノスフィアって男達コミュニティーってことじゃん!参政党は女性の候補者や党員も多いらしいんだけど」
についてはこのようなことではないでしょうか?
④なぜマノスフィアに共感する女性がいるのか?
🧷1. 「秩序」の回復願望
マノスフィア的言説は、こう言う──
「男はリーダーで、女は守られる存在であるべき」
一見すれば女性蔑視。でも逆に言えば、「守ってくれる存在が欲しい」という安心の回復装置でもある!!
✔複雑化しすぎた性別論
✔「自立しろ」「自己責任だ」「好きに生きろ」と突き放される社会
✔なのに恋愛も家庭もボロボロ
そんな中で響くのが──
**「男女は役割があるべきだ。女は愛されるべき存在だ」**という“古き善き物語”
💔2. 現代フェミニズムへの違和感・孤独
「本当のフェミニズムってどこにあるの?」と問いかける女性たちがいる。
マッチョなマンスプレイナーでもなく、ラディカルな「フェミ」でもない、
**もっと温かく、もっと共感的で、もっと個人的な“救い”**が欲しい──
でもそこに「つながれるフェミニズム」はなかった。
そこで登場するのが、参政党/マノスフィア的世界観。
「伝統が女を幸せにする」
「女性は自然の摂理に従えば愛される」
「ジェンダーの混乱こそが不幸の根源」
それが“逆フェミニズム的癒やし”として機能することとなります
👸3. 「選民思想」への欲望は、男女共通!
「私は目覚めた女」
「他の女たち(フェミ・都会・意識高い系)は騙されてる」
「本当の幸せは男に従うこと、家庭を守ること」
──この**“裏表のレッドピル”**を服用した
「真実に気づいた女」という自己認識が彼女達の孤独を救う事になります
自然派育児
陰謀論
ワクチン懐疑
「子どもを守るのは“母として目覚めた私”だ!」
こうした母性×スピリチュアルな覚醒構造もまた、マノスフィア的宗教性の鏡像だと思います
参政党を応援する女性たちは、「伝統に従う女」ではなく、
「真実を知った女」でありたい!!
参政党的タームでいえば神谷氏に「おはよう」(=目覚めた人の意味です・・・)といわれたい
彼女達は“支配されたい”のではなく、自己啓発的人生の“意味を得る"ために参政党を支持しているのだと思います
この動画に参政党サポーターの女性のナマな「語り口」が収録されています
「政治の再宗教化」という視点を持っていないメディアの危険性
ぼくが今回ポップカルチャー考察の視点からあらゆる政治メディア上の言説に接したとき
ほんとーーーーーーーーーに素直に驚いたのが、ほぼすべてのリベラル系メディアのバイセン方が
まるでハンコを押したように
「参政党は怖い・・・・」
というメッセージを掲げ、参政党を批評するコンテンツを発していられたことです。
「そりゃリベラルの役目は権力側の監視なんだからあたりまえじゃん!」かもなのですが
何度も繰り返しますが今、そしてこの参議院選で明らかになったのは政治の再宗教化です
無理やりシンプルにしてしまうと参政党とは宗教団体で政党ではありません
そのことの意味はある宗教団体やアイドルのファンダムに対して
「あなたの信仰は間違っている」とか
「あなたの推してるアイドルはうそをついている」とか
批評を行ってもそこに何らかの合意や成果が立ち現れることは絶対にありません。
僕が今回リベラル系メディアに方々にとても残念に思ったのは
そうしたアイドル的宗教性の地場が強い「YES!!!!」空間にいる「信者」の方々の
ココロのありようについて読み解くものが全くなかったことです。
・彼らを信仰へと向かわせたものの本質は?
・信者的な依存構造から彼らのココロを開放するためのコトバとは?
今の政治の再宗教化において求められるのは教義の発信者側を断罪するコトバではなく
その信仰を相対化するための人々のココロの読み解きを政党の有り様を調査する以上に精緻に行うことであり
そうした発信がほとんどなかったことは参政党と同じくらい危険なことだと思います
参政党は完全勝利したのか? 完全にPOPな存在になったのか?
実はこのことに関しても既にエントリー記事を書いていますが
最大で20議席ほどとるのではと言われ
あれだけ今回の参議院選で最もコンテンツ化された参政党が最終的に14議席にとどまったのは
上記記事で結論付けたように参政党はまだ「POP」化のための編集力が弱かったと思います。
実はあらゆるメディアでの参政党についての言説より
今の彼ら、そしてこれからの参政党がどうなっていくのか?を知りたい場合は
渡邊啓貴先生によるこちらの「ルペンと極右ポピュリズムの時代:〈ヤヌス〉の二つの顔」が死ぬほど参考になります
結論的には今の参政党はまだフランスの国民戦線におけるジャン・マリ・ルペン期であり
本当に参政党がポップ化されるには国民戦線に娘のマリーヌが必要だったように女性党首を立てることができるかどうか?にかかっていて
そこまでのポップネスに対する理解と編集力を身に着けるまでは参政党はこの程度の規模感の政党で定着してしまうのではないでしょうか?
真実と事実。FACTではなくTRUTHを求めてきたポップカルチャー的視点がイマ必要な理由
ポップカルチャーでは常に事実=FACTではなく真実=TRUTHが求められてきました
その宗教的な求道性を洗練させ最もPOPにしたのが全盛期のU2や
NIN
そして初期の宗教的強度のの強いTRUTHを求める楽曲によって爆発的に人気となり
その後「TRUTH」を求める自我の崩壊とそれによって粉々に砕け散ったワタシが「ネイション」という物語性へと吸い寄せられていく
正にイマの政治状況を描き切った「NAtional Anthem」をリリースしたRADIOHEAD
ポップミュージックの歴史とはこの70年以上常に
「FACTではなくTRUTHを求めるワタシとは何者なのか?」という問いとの格闘でした
今回昨年の兵庫知事選におけるデマによる選挙ハックが起こったことから
多くのメディアが「ファクトチェック」を行いましたが
言うまでもなく今回の参議院選挙であらわになった政治の再宗教化においては
何も意味を持ちません。
なぜなら人々がイマ求めているのは強い宗教性を備えた「真実=TRUTH」だからです
僕等が今「参政党」を筆頭に政治の再宗教化というカタチで目の当たりにしているのは
閉塞感が「宗教的熱狂」に変わる瞬間です
終わらない非正規雇用
奨学金という名の借金地獄
SNSの承認競争に疲弊し
消費社会に魂を売り渡したような毎日……
「このまま終わってたまるか」
その叫びに、参政党は「真実を知る者だけが持つ高貴な使命」という物語を与えます。
まるでジョーダン・ピーターソンの講義。
まるでAndrew Tateのムスリム転向動画。
まるでElliot Hulseの筋肉を通して神に至る哲学。
「君たちは騙されていたのだ。だが、もう大丈夫。」
参政党を筆頭とした政治の再宗教化のコアにあるのはマノスフィアでも採用された自己啓発的「おはよう=目覚めた感」
だから上記の三橋氏も神谷氏も候補者の方々もその論説の口調は全て同じです
彼らは政治家ではない。伝道師です。
街頭演説は選挙活動ではなく極めて“布教”的です。
彼らの演説には「政策」はふんわーりしていますが、「覚醒のメッセージ」はあります。
彼らの言葉には「構造分析」はないですが、「目覚めのストーリー」はあります。
「与党も野党も保守もリベラルも全部ダメだ!」
それは「父も母も教師も社会も間違ってた」と叫ぶティーン達に似た
“目覚めた俺たち”が“まだ眠っているお前たち”を導くという構図は──
完全にレッドピル的布教スタイルだと思います。
「国家のために怒っている」という仮面の下にあるのは、
自分の人生が上手くいかなかったことへの怒りです。
その怒りを宗教的ナラティブで昇華し、
“社会正義”という名の霊的自己救済へと変換する。
そのための政治という劇場、それが参政党であり政治の再宗教化の本質だと思います
とこのように読み解いてしまうとリベラル側の方々にもまた絶望しか残らないかもしれません
「その宗教を信じるものと信じないもの、そこに相互が合意できる正しさなんて成立しないでしょ・・・・・」
その通りだと思います。
極論するともう僕等は「正しさ」を他者との間で担保できる社会を今後作っていく事はできないと思います
参政党の台頭はそうした「正しさという概念の死」でもあると思います。
では僕等は「正しさ」を超える何を未来の社会のために築いていけるのか?
その試みはアメリカでは既にはじまっておりその新しい政治的リベラルナラティブについて
日本で初めて紹介しているのがこのエントリー記事です
そしてほとんど予言?に近いこれから日本の政治においておこること、それは国民民主党と参政党による新しい自民党的大衆保守政党の誕生である
この政治の再宗教化というナラティブを受けて、全く誰も言っていませんが
ポップカルチャー考察の視点からはほぼこうなる!!と確信している事態を書かせていただきます
それは
今回の参議院選挙に見られた「政治の再宗教化」というトレンドを軸に、
参政党(スピリチュアルな救済)と国民民主党(現世利益としての稼得主義)という異なる方向から現代人の「欠乏」を埋めようとする政治運動が、
やがて接着して新しい自民党的な大衆保守政党になるというトンデモ仮説です
🔹1. 「再宗教化」する政治:背景と構造
▍脱イデオロギー後の虚無とスピリチュアル化
冷戦終結後、「保守vsリベラル」「左派vs右派」といった大きな対立軸は相対的に意味を失い、政策の細部や手法が争点化。しかしこれにより人々の「生きる意味」や「人生の正しさ」を導く大きな物語=宗教的機能を政治が失った。
この空白を埋める形で登場したのが、
参政党的な「覚醒」「目覚め」の言説(スピリチュアル・オルタナ右派的宗教性)
政治の中に倫理的絶対性を求める潮流(陰謀論的・終末論的)
参政党はこの「魂の救済」に応える形で登場しました。
🔹2. 国民民主党の現世的リアリズムと「稼得宗教」
一方、国民民主党は非常に異なるベクトルを持っていますが、同じように人々の「不安」や「欠乏」を癒す役割を果たしています。
▍キーワードは「中間層の再魔術化」
「ちゃんと働いたらちゃんと豊かになれる」という幻想が崩れた社会で、
国民民主は「現役世代のリアルな欲望(給料アップ、減税、報われたい)」に寄り添う。
これは一種の**「現世利益に根ざした成功宗教」**とも言える。
つまり、
参政党:魂を救う
国民民主:生活を救う
という二つの宗教性が日本の政治の両翼を担い始めたのです。
🔹3. 二つの宗教が「新・自民党」として接合する可能性
ここで注目すべきは、この二つの政党が**「救済」という機能を共有している**という点です。
▍なぜ接合が可能なのか?
共通の敵がいる(反グローバリズム、リベラル知識人、官僚制)
SNS空間での「代替公共圏」の成立(YouTube、X、ニコ生…)
若年層~中年層の「主体的覚醒」幻想と「努力で金持ちになれる」幻想が交差する
▍「理想と現実の融合体」としての新・大衆保守
スピリチュアルな「魂の純化」と、資本主義的な「成功と豊かさ」が矛盾せずに共存する政治言説の誕生。
これは、つまり明確に戦後の自民党が持っていた「田中角栄的土着スピリチュアル」と「経済成長モデル」の合体の令和版再来でもあるのです
参政党と国民民主党は、一見真逆。しかし実は
どちらも「自分=日本人を信じろ」と言う
どちらも「既存の政治は腐ってる」と断言する
どちらも「自分の人生を取り戻せ」と訴える
違いは方法論だけだ――
参政党は「スピリチュアル」で魂に火を灯す🔥
国民民主は「現世利益」で財布に火をつける💸
そしてこの魂と金のマリアージュは
かつて田中角栄が体現していた「人情+金権」の自民党的構造のアップデートであり
上記したRehacqでの玉木党首の発言は無意識的な直観だと思います。
まさかぁ・・・・・・・そんなことが・・・・・
答え合わせは10年後です
















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